丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の妖怪伝承を紹介するブログです。

2019年12月

去られ岩

去られ岩 (さられいわ)


ある年の冬、岩崎村のお花という女性が隣村に嫁いだ。
その夜、婚礼に参加した二人の村人が岩崎へ帰るため、お花が嫁入りで通った道を引き返し歩いていた。
その途中、どこからか赤子の泣き声が聞こえてきた。二人は道の横に聳える大岩を見上げた。
すると大岩は動き出し、煙のように辺りに拡がると、その中から泣く赤子をあやす若い女性が現れた。
「今日はお花がこの道を通り隣村へ嫁いで行きました。私もかつて、この道を通って隣村へ嫁いで行った者です」
女はそう前置きし、怯える二人に語り始めた。

昔、ある村に、おしまという娘がいた。
おしまは隣村の家に嫁ぐことになり、婚礼の日、この大岩の前の道を通って行った。
やがて子供も生まれ、おしまは夫と共に幸せな日々を過ごしていた。
ところがある日、郷里から父の急病が舞い込んできた。その夜、おしま夫妻は赤子を背負って見舞いに向かった。
そしてこの大岩の前を通り抜けようとした時、背中の赤子が突然泣き出した。
おしまは何とか赤子を泣き止まさせたが、ふと気づくと夫の姿がどこにもない。
仕方なく郷里まで行って夫の到着を待ったが、彼が戻ってくることはなかった。
それが原因でおしまは嫁ぎ先と不縁になり、郷里へ引き取られることになった。
郷里に戻った後も夫の安否を心配し続け、やがて病を罹って死んでしまった。その後を追うように赤子も死んでしまった。
死後、おしまと赤子の魂は怨念となり、この大岩に宿ってしまった。それ以来、二人の亡魂は岩の上から道行く人々を眺めているのだという。

気がつくと、二人は雪の中に蹲っていた。おしまと赤子の姿はどこにもない。
二人は慌ててその場から逃げ去った。この話は誰にも言わなかった。
二ヶ月後、隣村に嫁いだお花は、夫が急死したため離縁となった。
それ以来、この大岩の前を通る花嫁は皆、離縁になったり、夫に先立たれるようになった。
いつしかこの大岩は“去られ岩”と呼ばれ、婚礼の行列の際は必ず避けて通るようになったという。

『郷土ものがたり 第二輯』「去られ岩」
『福知山の民話と昔ばなし集』「去られ岩」より


おしまの夫はどこへ……。

離湖の火の玉

離湖の火の玉 (はなれこのひのたま)


昭和六、七年頃、離湖(網野町小浜にある周囲3.8kmの湖)には、よく火の玉が出たという。
夜更けに網野(網野町)と島(久美浜町?)の間の真っ暗な道を通っていると、左側にある離湖の水面に、赤色の火の玉がポツンと浮かんでいるのが見える。
しばらく見ていると、火の玉は上方に1mも伸び上がる。それが湖面に映り、まるで上下に伸びた赤い紐のように見えるという。
その内に火の玉はスッと元の大きさに縮むと、島の方へフワフワと飛び、パッと消えてしまう。
この火の玉はよく目撃されていたが、正体はわかっていない。ただ、人に害をなすものではないという。

『網野町誌 下巻』「暗がり峠と火の玉」より


この頃、網野と島の間の道はとても暗かったため「暗がり峠」と呼ばれていたそうです。
現在は道も整備されて夜でも明るくなったからか、火の玉は全く見られなくなったとのこと。少し残念。

赤池の鯉右衛門

赤池の鯉右衛門 (あかいけのこいえもん)


海士から油池へ行く途中に慈観橋という橋がある。
この橋から南西へ50m程進んだ所に「赤池」という濁った池があり、そこに「鯉右衛門」という、大人の体よりも大きい鯉が棲んでいた。
鯉右衛門は百年以上生きている鯉で、赤池の主と言われていた。
ある時、海士の若者たちが池の水をかき出して鯉右衛門を捕まえようとした。
ところが作業の途中で、若者たちの家の方から火事の煙が舞い上がった。
若者たちは慌てて村へ帰ったが、どこも燃えている様子はない。
「騙された」と呟きながら若者たちは赤池へ引き返し、また水を掻き出す作業に戻った。
しばらくすると、再び家の方から煙が上がった。だが狐狸に騙されているのだろうと思い、今度は気にせず作業を続けた。
そして池の水が減った頃、村人が若者たちの家が燃えていることを伝えに来た。
今度は本当に火事が起こり、若者たちの家はことごとく焼け落ちてしまっていた。
村人たちは「これは鯉右衛門の祟りだ」と噂し、それ以来、赤池の主を捕まえようとする者はいなかったという。

『熊野郡伝説史』「赤池の主鯉右衛門(海部村)」
『丹後の伝説 ふるさとのはなし』「赤池の鯉右衛門」より


一度目の火事は主からの警告だったのでしょうか。
それにしても主を捕まえるためとはいえ、「池の水ぜんぶ抜く」を人力でやろうとした若者たちのバイタリティは計り知れませんね。

ちなみに兵庫県豊岡市と美方郡にも、これとよく似た話が伝えられています。
豊岡市の方は、入り江の水を掻き出す→「村が火事」と聞かされ帰るが何事もない→入り江に戻ると掻いたはずの水が元通りに→これが何度も繰り返される→「入り江の主」の祟りだと考え水掻きを止める。
美方郡の方は、地中に埋まっているという噂の鐘を掘り出す→「村が火事」と聞かされ帰るが何事もない→鐘の祟りだと恐れて掘るのを止める……という話です。(『郷土の民話(但馬編)』)


伝承地:京丹後市久美浜町油池(赤池は現存していない)


ガンドビキ狸

ガンドビキ狸 (がんどびきだぬき)


前回紹介した“筵の手”と同じく、炭焼き小屋での怪異。

夜に炭焼き小屋で作業をしていると、すぐ近くでグイッ、グイッとガンドビキの音(ノコギリで木を伐る音)が聞こえてくる。
こんな遅い時間に木を伐る者などいるはずがない。きっと狸が化かそうとしているのだろう。
職人は炭窯の中で燃えている木を掴み、音のする方へ投げつけた。すると、炎の灯りの端で、何か黒いものが逃げて行くのが見えたという。

別の日の夜、またグイッ、グイッとガンドビキの音がする。
狸の仕業だと無視していると、次の瞬間、メリメリと軋む音がして大木が小屋の上に倒れてきた。
職人は避難出来たが、倒れた大木は小屋の屋根を押し潰してしまった。
だが、翌朝起きて確認すると、屋根は壊れておらず、倒れてきたはずの大木も見当たらなかった。
そもそも、小屋の周りに大きな木は生えていなかったのだ。

『近畿民俗』通巻136,137号「丹波美山の言葉と民俗」より


“古杣”や“天狗倒し”などの、木を伐る音をさせる怪異とよく似ています。
この話はそれだけでは飽き足らず、倒れてくる木の幻覚まで見せてきます。
音を出しているのに無視されて怒ったのでしょうか。

筵の手

筵の手 (むしろのて)


大正末期から昭和初期の頃の話である。
ある炭焼き職人が、山中の炭窯に泊まり込んで作業をしていた。
彼が寝泊まりする小屋は畳一枚分の床に、外気除けの筵が吊ってあるだけの簡易なものだった。
職人は小屋で眠りについたが、その夜は生温い風が吹いてやけに寝苦しかった。
妙な気配を感じて目を覚ますと、小屋の周りに吊ってある筵の隙間から、人の手がヌーッと出ていることに気づいた。
それを見た瞬間、職人は金縛りに遭い身動きが取れず、体が震えたという。

『近畿民俗』通巻136,137号「丹波美山の言葉と民俗」より


ぐずばの孫太郎

ぐずばの孫太郎 (ぐずばのまごたろう)


昔、城東村から栗田村へ抜ける道には「椎の木原」という椎の林があった。
椎の木原の奥に一抱え以上もある大きな松が生えていて、その根元に一匹の雄狐が棲んでいた。
この狐は“ぐずばの孫太郎”と呼ばれ、天橋立に棲む“橋立小女郎”という雌狐と恋仲であったとされる。
小女郎は孫太郎に逢うため、綺麗な娘に化けて船頭を騙し、舟で海を渡って来たという。
だが棲み家の松の木は大正時代に伐られてしまったため、ぐずはの孫太郎がどうなったのかは伝えられていない。

『宮津の民話 -ふるさとのむかしばなし- 第一集』「ぐずばの孫太郎と橋立小女郎」より


橋立小女郎の彼氏といわれる狐ですが、それ以外の伝承は(今の所)ありません。


伝承地:宮津市獅子崎


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