滝壺の赤牛 (たきつぼのあかうし)


大正の末頃、弓削八丁谷(現・京都市右京区京北上弓削町)にある馬場(ばんば)の滝の上流から材木を伐り出すため、数名の山男が小屋で寝泊まりしながら作業していた。
大雨が降り続いた翌朝のこと、小屋の入り口に置いたはずの道具類が見当たらない。
大雨に流され滝壺に沈んでしまったのだろう。男たちは、中でも潜水の上手い吉さんに道具の回収を頼んだ。
吉は何度も滝壺へ潜り、底に沈んだ道具を拾い上げていった。しかし、その顔は青ざめ強ばっている。
他の男が「滝壺に何かいたのか?」と問うと、吉は「滝の底に大きな赤い牛が寝ていた。大人しくて、何もして来なかったが……」と答えた。
馬場の滝は上下段に分かれていて、両方に深い滝壺がある。
昔からそこには主が棲んでいて、上下にある滝壺を交互に行き来しているのだと伝えられていた。

後に、馬場の滝壺へ鉄屑を捨てた男が高熱に冒され、約一ヶ月後に死亡したという。
床に伏した男はうわごとのように「仏壇の奥から赤茶色の蛇が沢山出て来て、俺の胸に巻き付いてくる。早く取ってくれ」と叫び続けていたという。

『続 京北の昔がたり』「滝つぼの主」より


水中に赤い牛がいる、という話は各地にあるようで、
『日本怪談実話〈全〉』には「長野県の上田城の堀から、二本の角を生やした真紅の牛が飛び出して来て池の中に消えた」という話があり、
『伊豆の伝説』には「対島村(静岡県伊東市)の池に赤牛(池の主)が棲んでいたが、旅の僧に成仏させられた」という話があります。
探せばもっと出て来そうですね。