泣き石 / 鳴き石 (なきいし)


●泣き石
明治の初め頃、千代川村川関に“泣き石”と呼ばれる石があった。
山陰街道の開設工事の際、この石を割ろうとすると、叩く度に泣いたという。
一説には「つまらん、つまらん」と言って、石が自然に泣いていたともいう。
泣き石の話は有名で「発掘したが良い石が出ず石材屋が泣いた」「線路を敷く時に石が硬くて作業が進まず建設会社が泣いた」というような話も囁かれた。

●鳴き石
昔、千代川村川関の南に“鳴き石”と呼ばれる大石があった。
ある時、この大石をゲンノウで叩いて割ろうとしたところ、割れ目から出血し石が大声で泣き出したため、人々は怖くなって作業を中止したという。
また一説に、この大石を割ろうとした時、「この大石は洪水の時には突き当たりになるので、川関の民家は水没を免れられている。だから石を割られては困る」と村民が泣き悲しんだため、割られなかったという話もある。

『口丹波口碑集』「泣き石」
『丹波志桑田記 名石之部』より


伝承は微妙に異なるものの、おそらく同じの石の話だと思うのでまとめて紹介しました。
『新修亀岡市史 資料編 第四巻』によると、この石は山陰線敷設の時に破壊されてしまったそうです。
石のあった場所は「鳴き岸」と呼ばれているんだとか。


伝承地:亀岡市千代川町川関