乾鮭の怪物 (からざけのかいぶつ)*
昔、丹後の魚売りの行商人が山道を登り、大池の畔で休憩していた。
不意に茂みの奥から音がしたので中を覗いてみると、罠にかかった一羽の雉がバタバタともがいていた。
鳥肉が欲しいと思った行商人は雉を盗み、代わりに一尾の乾鮭を罠に掛けてその場を後にした。
その日の夕暮れ、罠を仕掛けた村人が大池の畔にやってくると、乾鮭が罠に掛かっていたので驚いた。
というのも、この一帯は大原神社(福知山市三和町大原)の氏子で、鮭は絶対に食べないという習わしがあったからである。
だがこのままにするわけにもいかず、「再び蘇って、この池の主となれ」と言って、鮭を池に投げ込んで村へと逃げ帰った。
それから一年後、青野村の村人がこの池の近くを通ると、得体の知れない異形の怪物に出遭った。
村人はなんとか逃げ帰ったが、大熱を出して寝込んでしまい、うわごとを口走るようになった。
それは「我は大池の主なり。毎年秋の終わりに少女を人身御供に供えろ。断れば祟りを起こす」という内容であった。
村人たちは恐れ戦き、泣く泣く少女を毎年一人ずつ生贄に供えることにした。
数年後、例の行商人が青野村の宿へ泊まった。
行商人が眠っていると、隣の部屋から主人のすすり泣く声が聞こえてきた。
理由を尋ねると、主人は大池の主のこと、今年の人身御供に娘が選ばれたことなどを説明した。
昔、自分が置いていった乾鮭が池の主に変化したのでは、と思い当たった行商人は怪物退治を買って出た。
行商人は杵を得物に選び、宿の娘を連れて大池へと向かった。
娘を池の畔に待機させ、行商人は近くに隠れて怪物が現れるのを待っていた。
やがて池の水がざわめき、中から鮭の怪物が姿を現した。そして怪物は娘を狙い土手に這い上がって来た。
その瞬間、行商人は杵で怪物の脳天を打ち砕いた。二度三度と杵を振り下ろすと、やがて怪物は動かなくなった。
怪物を見ると、それは元の乾鮭の姿はしているものの、体長五、六尺(約1.5~1.8m)にもなり、頭は鬼瓦のようで胸には翼が生えていたという。
行商人は村人から神様のような扱いをされるようになった。
だが行商人は「池の主を退治出来たのはこの杵の力だ。自分の代わりにこれを崇めてくれ」と言い残し、村を去って行った。
村人たちは行商人の言葉に従い、この杵を御神体として本宮山の頂上に祀った。
以来、これを「杵の宮」と称するようになったという。
『何鹿の伝承』「杵の宮由来記」
『綾部史談』81号「西鶴「諸国咄」序にある「乾鮭の宮」考」より
鮭が怪物になったり祟りを起こしたりする話は、山形県、石川県、鳥取県と、日本海側に幅広く見受けられます。
ただ「怪物と化した鮭を杵で退治する」という部分は、この地方独自の伝承のようです。
