狐使者道官 (きつねししゃどうかん)


福知山城主・朽木公の家来に道官という狐がいた。
道官は主君が江戸勤務の時は、福知山と江戸間の便りを運ぶ使者の役を受けていた。
普通の使者なら片道七、八日は費やすところを、道官は三日で移動していた。
これに恨み心を抱いた他家の使者は、道官は狐使者だろうと言い出し、道中に毒入りの焼き鼠を仕掛けておいた。
すると道官は焼き鼠の良い匂いにつられ、それを食べて死んでしまった。
その後、朽木公は狐の死を哀れみ、道官稲荷神社を建立し御神体として祀ったという。

『福知山の民話と昔ばなし集』「道官稲荷神社」より


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道官稲荷神社は福知山の住宅地の一角にひっそりと祀られています。
昔から福知山城内にある内記稲荷が「初午さん」、外方守護の道官稲荷は「二の午さん」と呼ばれているそうです。(『現地案内板』)

お隣の兵庫県豊岡市出石町には“首白孫左衛門”という首の毛が白い狐がいて、道官のようにお殿様の使者役を担っていました。
ですが孫左衛門も道官と同じく、彼を妬む人々によって毒殺されてしまったとのこと。人間め……。(『日本の伝説43 兵庫の伝説』)


伝承地:福知山市末広町