丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2019年05月

歩き地蔵

歩き地蔵 (あるきじぞう)


大迫と升谷の間を流れる大野川に、木樵橋と呼ばれる橋が架かっている。
この橋へ向かう坂の途中に椚の木が生えており、その根元に30cm程の石地蔵が祀られている。
この地蔵は、悪戯好きの子供たちがどれだけ動かしても、いつの間にかまた元の場所に戻っているという。
子供たちが川に担ぎ込んで水中に沈めても、帰る頃にはちゃんと元の場所に戻っていたという。
だがある時、子供たちの悪戯を見かねた大迫の老婆が地蔵に前掛けをかけた。
すると子供たちは悪戯をしなくなり、地蔵も歩かなくなったという。

『和知町 石の声風の音』「歩く地蔵尊」より


老婆の行いは地蔵にとってありがたいことだったのか、それとも余計なお世話だったのか。


伝承地:京丹波町長瀬、大迫



銚子の滝の異獣

銚子の滝の異獣 (ちょうしのたきのいじゅう)


上世屋の慈眼寺の裏手には、落差約19mの銚子の滝がある。
昔、この辺りには“異獣”と思われるものが棲みついていたという。
形は大きな猫のようで、足の模様は狸に似て、口は狼のように耳まで裂けている。
最初は狼の子供かと思ったが違うようで、よく人に馴れているものだという。
人が近づけば子犬のようについて歩き、家の中に入って来て竈の中で眠ることもあったという。

『丹後郷土史料集 第一輯 丹哥府志』「銚子の瀧」より


かわいい。
“異獣”と聞くと、越後の民俗誌『北越雪譜』に出てくる大猿のような姿の妖怪が思い浮かびます。
この異獣は人間に食べ物をねだる代わりに、仕事を手伝ってくれる気の良い妖怪です。
越後と丹後の異獣、お互い姿は違えど、人懐っこい温和な性格という点は同じですね。

ババメ

ババメ


網野町下岡の落谷には“ババメ”という怪物(恐竜の一種らしい)が棲んでいた。
そのため、村では「落谷に行く時は必ず腰に鎌をさしていけ」と言われていた。

ある時、二人の村人が落谷に向かったところ、運悪くババメに見つかってしまった。
ババメはあっという間に一人を咥え込むと、上半身を振り上げて何度も地面に叩きつけた。
村人は地面が震えるほどの勢いで叩きつけられ、無惨に潰されてしまった。
ババメには歯がないので通常は獲物を丸呑みにするが、人間のように大きな獲物の場合は先に地面で叩き潰してから呑み込むという。
もう一人の村人は命からがら村へ逃げ帰り、ババメに襲われたことを告げた。
すると勇敢な若者がババメを退治しに、生き残った村人と共に落谷へ向かった。
ババメは二人を見つけると、勇敢な若者を丸呑みにした。
だが若者は鎌を腰にさしていたので、呑み込まれるにつれて刃がババメの喉の肉を切り裂いた。
もう一人の村人もババメの喉元を刃物で斬りつけた。
内と外から喉を切り裂かれ、ババメは若者を吐き出して逃げて行った。

後にこの若者の夢枕にババメが現れ、「我は長きに渡り数多の生き物を呑み殺してきた。だがお前に喉を切り裂かれて命が尽きた。殺生の罪滅ぼしとして今後全ての生き物の命を守護しよう」と告げたという。
それから後のこと、落谷で山崩れが起こり、土石流と共に立ち臼のようなババメの背骨が下岡の田圃にゴロゴロと流れて来た。
そして高天山(下岡集落西にある山)の尾根で、真一文字に横たわるババメの白骨死体が見つかったという。

ちなみにババメに呑まれた若者は快復したが、その時に溶かされた頭髪だけは遂に再生しなかったという。
このことから、髪のない頭を「ババメに呑まれたような頭」、歯の抜けた口のことを「ババメ口」と言うようになった。

『丹後の伝説 ふるさとのはなし』「下岡高天山落谷ババメの伝説」
『季刊 民話 1975冬 創刊号』「奥丹後物語 草稿」より


「ババメは恐竜の一種らしい」と説明されていますが、初出と思われる『丹後の伝説』(1973年発行)の注釈には「ババメとは「うわばみ」「大蛇」のこと」と書かれています。
このことから、ババメは恐竜というよりも大蛇だったと考える方が妥当なのかもしれません。
恐竜の妖怪の方がロマンがあって面白いんですけどね。

ちなみに福井県の郷土誌『拾椎雑話』には「(小浜市)堅海の奥山で木樵が蟒蛇に呑まれたけど鎌で内側から切り裂いたので助かった。でも頭は禿げた」という話があります。
ババメ伝承に関係ある話でしょうか?


伝承地:京丹後市網野町下岡


*2022/4/16 加筆修正

香河の大猪

香河の大猪 (かごのおおいのしし)


香河に山崎源助という弓の名人が住んでいた。
源助は飛んでいる二羽の鷹を一矢で仕留めるほどの腕利きだった。
ある時、源助が一之坂神社に参詣すると、大きな猪に似た化物が現れた。
源助は弓矢で大猪の左目を射ると、続けざまに右目にも矢を射ち込んだ。
この時、大猪は「山崎家には末代まで片端を絶やさんぞ」と叫んだという。
その後、何代にも渡り、山崎家には障害のある子供が生まれ続けたという。

『加悦町誌』「弓の名人」より


伝承地:与謝野町香河・一之坂神社


火無お龍

火無お龍 (ひなしのおたつ)


保津村には非常に年を経た三匹の狐が棲んでいて、村人を騙しては食物を奪い取っていたという。
妙見菩薩が祀られている所には雄狐の“山坊甚五郎(やまんぼのじんごろう)”、鬼が芝付近の松林には雌狐の“筧小女郎(かけいのこじょろ)”、そして墓地北側の梅林には雌狐の“火無お龍(ひなしのおたつ)”が棲んでいた。
中でも火無お龍は人間に化けるのが大変上手く、特にお龍という女性に化けるのが得意だったので、いつしか“お龍狐”や“火無お龍”と呼ばれるようになった。

その変化能力は高く、夜道でお龍に出会っても、それが「本物の人間のお龍」なのか、それとも「お龍に化けた火無お龍」なのか見分けがつかない程だったという。
そして火無お龍はよく嫁入りをし、その時には必ず火を灯すので「また火無お龍が嫁入りするぞ」と、人々が噂をした。
そして今でも、夜中の二時頃になると保津村から亀岡町までの道の両側に火を灯したりすることがあるという。

『丹波の伝承』「狐、二題」
『保津百景道しるべ』「No.15 火無しのお龍さん」より


保津の三狐、その内の一匹“火無お龍”の伝承です。名前がかっこいい。
お龍さんという実在した女性に化けるのが上手かったそうですが、化けられる側のお龍さんからしたらいい迷惑だったでしょうね。
火無お龍は何度も嫁入りをしていたそうですが、その数だけ離縁して来たのでしょうか。もしかしたらとんでもない悪妻だったのかもしれません。

山坊甚五郎
筧小女郎


伝承地:亀岡市保津町上火無


片足わらじの化け物

片足わらじの化け物 (かたあしわらじのばけもの)


昔、ある馬方(馬を使った運送業)の男がいた。
男は夜になるとわらじを編み、次の日にそれを履いて仕事をしていた。

ある晩、男はわらじを編んでいたが、眠気に勝てず片方だけ作ったところで寝てしまった。
次の日、片足だけしかないわらじは使わずに捨て置いて、別のものを履いて仕事に出かけた。
馬を引いて歩いていると、後ろから「馬方、馬方」と呼ぶ声がする。
振り返ってみると、恐ろしい化け物が自分を追いかけて来ていた。
男は馬を放って一目散に逃げ出し、近くの家に助けを求めたが、運悪く家の人間は誰もいなかった。
やむを得ず男は家に上がり、天井の梁に隠れて様子を窺うことにした。
しばらく身を潜めていると、さっきの化け物が家の中まで追ってきた。
化け物は男を捜していたが、どこからか餅を見つけると、それを火鉢で焼いて食べ始めた。
餅を食べ終えると、今度は米櫃の中の米をぼりぼりと食べ出した。
腹一杯になって満足したのか、化け物は米櫃に入ると中から蓋をして眠ってしまった。
男はこの隙に化け物を退治してやろうと思い、米櫃に錐で穴を開けて、その中に煮えたぎる熱湯を注ぎ込んだ。
蓋を取って中を覗いてみると、そこに化け物の姿はなく、片方のわらじだけが残されていた。
よく見てみると、昨晩男が作ったわらじだったという。

片方だけ作って置いておいたわらじが、化け物になって追いかけてきたということである。
このことから、わらじは片方だけ作ってはいけないと言われている。

『丹後 伊根の民話』「片足わらじの化け物」より


化け物に追いかけられて家に隠れ、寝入ったところを退治するという流れは「牛方山姥」(『日本昔話名彙』)タイプの昔話と同じです。
ただ「牛方山姥」では、追跡者=山姥(鬼婆)が多いのですが、ここでは男が編んだわらじが化け物になって追いかけてくるという違いがあります。
同じ形式の物語でも、地域によって微妙な差異があるのは面白いですね。
化け物の描写がないのは残念ですが、わらじみたいな顔をしていたのでしょうか。

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