丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2020年04月

乳母が淵の青い火玉 / 乳母の祟り

乳母が淵の青い火玉 / 乳母の祟り
(うばがぶちのあおいひだま / うばのたたり)


江戸時代、丹波亀山藩主・青山氏に子供が生まれたので、乳母をつけて世話をさせることにした。
ある日、乳母がその子供を連れて保津川へ遊びに出かけた。
二人は川遊びをしていたが、子供が誤って川へ転落し死んでしまった。
責任を感じた乳母は、自身も川へ身を投げて自殺した。
そのことから、この淵は「乳母が淵」と呼ばれるようになった。
それ以来、小雨の日には乳母が淵から青い火玉が現れて、何かを捜すように保津橋近くの川面を徘徊することがあるのだという。

乳母と子供にまつわる怪異譚は綾部市にも伝わっていますので続けて紹介します。

戦国時代、綾部には上林城という山城があった。
ある時、乳母が城主の子供を誤って井戸へ落として死なせてしまった。
乳母は逃走したがやがて追い詰められ、川へ身投げして死んだ。
入水した淵は「乳母淵」と呼ばれるようになった。
その後、乳母の霊が上林の村に祟りを起こしたという。

『丹波の伝承』「乳母が淵」
『保津百景道しるべ』「No.48 乳母が渕の人魂」
『丹波志 何鹿郡之部』「古跡陵墓ノ部」より


細かい差はあれど、亀岡と綾部のどちらも「乳母が城主の子供を死なせてしまう→乳母は死後怪異(火の玉or霊)になる」という流れだったので、まとめて紹介しました。
亀岡の乳母は「保津川で」「子供を死なせ」「死後火の玉となり彷徨う」とあり、以前に紹介した“姥が火”と似通った話になっています。
ちなみに綾部の方ですが、2012年に出版された『綾部の伝説・民話』では「城主の子供が井戸に落ちて死亡→責任を感じた乳母は井戸に身投げ→後に乳母の遺体が下流で見つかる」というシンプルに悲しいだけの話になっていて「乳母が死後に祟りを起こす」という怪異部分はすっぽり省かれていました。

伝承地:亀岡市保津町・保津橋

伝承地:綾部市八津合町・上林城(城址)


姥が火

姥が火 (うばがび)


昔、保津村に一人の老婆がいた。
老婆は遠くの村から育てられない赤子を貰い受け、養育費として金銭を受け取っていた。
だが老婆は赤子を育てることなく、密かに保津川の急流に投げ込んで殺していた。
やがて老婆の悪事は露見し、彼女は処刑された。
その後、ある男が夜に保津川の淵まで来た時のことである。
鞠のような火の玉が、川の水面より一間(約1.8m)程浮かび飛んできた。
火の玉は翼が生えているかのような速度で川を下り、やがて山の岸壁にぶつかりそうになったが、直前で二つに分かれて谷へ入って行ったという。
これは処刑された老婆の魂が成仏せずに火の玉となって迷い出たものだと言われ、人々は“姥が火”と呼んで恐れたという。

また、大阪府にも姥が火の話が伝えられている。
ある雨の夜、河内国平岡(現・大阪府東大阪市)の村人の前に、一尺(約30cm)程の火の玉が飛んできた。
遠くからだと丸い火の玉に見えたが、近くでつぶさに見れば、その形は鶏に似ており、くちばしを叩くような音がした。やがてどこかへ飛び去っていったという。
これは昔、平岡神社の灯明の油を盗んでいた老婆が、死後火の玉となって飛び回っているのだと言われている。

『新編 桑下漫録』「内膳淵・嫗ヶ淵(保津町)」
『古今百物語評判』「第九 舟幽霊付丹波の姥が火、津の国仁光坊の事」
『口丹波口碑集』「嫗が淵」
『諸国里人談』「巻之三 六 光火部 姥火」より


「姥ヶ火」「姥火」とも表される怪火です。
“算盤坊主”“竹切狸”並んで、全国的にもまずまず名の知れた妖怪ではないでしょうか。
今回は『新編 桑下漫録』を下敷きに紹介しましたが、文献によって内容に微妙な違いがあったりします。
たとえば『口丹波口碑集』では「姥が火は毎夜川の畔を飛び歩いていた」とあり、『古今百物語評判』では「婆の死因は川の洪水に巻き込まれて溺死」「姥が火は川に流された赤子の亡魂、あるいは婆の苦しみから生まれた火の霊」という風に紹介されています。

伝承地:亀岡市保津町・保津川(正確な出現場所は不明)

雄島の天狗

雄島の天狗 (おしまのてんぐ)


舞鶴の北、若狭湾内に浮かぶ冠島は別名「雄島」と呼ばれている。
この雄島の北西に「つくしがうろ(筑紫ヶ浦)」という所がある。
ある夜、「つくしがうろ」へ漁に出ると、山の上から大小様々な石が落ちてきた。
海に落ちるものや船に当たるものもあって非常に危なく。漁師たちは急いで沖へ逃げ出した。
だが、夜が明けて再び雄島に向かうと、石の落ちた痕跡が見当たらない。船を丁寧に調べてもかすった跡すらない。
これは雄島に棲む天狗の仕業だという。
また、天狗は野原の「ひんでのいそ」と呼ばれる所にも棲んでいるという。

『わが郷土 丸山小学校創立百周年記念誌』「雄嶋のてんぐ -小橋-」より


その他、雄島には恥ずかしがり屋の女神や人を弄ぶ縞蛇の伝承があります。
雄島の女神
雄島の縞蛇


伝承地:舞鶴市野原・冠島(雄島)


雪婆/雪ん婆

雪婆/雪ん婆 (ゆきばば/ゆきんば?)


大宮町奥大野では、雪を巻き上げる程の強い風が吹く月夜には、“雪婆”が現れるという。
雪婆とは、白い着物を着た髪の長い妖怪で、夜になっても寝ない子供をさらいに来るものだと伝えられている。

また、兵庫県丹波篠山市の北部では、大雪の日の夕暮れには“雪ん婆”が現れると言われている。
その時は戸を堅く閉じ、決して子供を外に出さないようにしたという。

『おおみやの民話』「雪婆が来るぞ」
『多紀郷土史話』「丹波の伝説」より

山の呼び声

山の呼び声 (やまのよびごえ)


「山では誰かに呼ばれてもすぐに返事をするな」と言われている。
呼ばれてすぐ返事をすると、狸や狐、魔のものに引っかかるからである。
誰かが呼んでいる声が聞こえても、最初は聞き流し、二度目に呼ばれた時に返事をすればいいとされる。
狸などは二度続けて呼ばないので、人かそれ以外のものか見破れるのだという。

『近畿民俗』通巻136,137号「丹波美山の言葉と民俗」より


『総合日本民俗語彙』によると、岐阜県では「妖怪が人を呼ぶ時は一度しか声をかけない」と言われ、特に山中で人に声をかける時は必ず二声続けて呼ぶようにしていたそうです。
佐賀県では、自分は化け物ではないと証明するために「もしもし」と二声連続で呼びかける、いう風習があったそうです。(『妖怪談義』)

件 (くだん)


天保七年(1836)に発行された瓦版によると、宮津市の倉梯山に“件”という妖怪が現れたという。

天保七年十二月、丹後国の倉橋(倉梯)山の山中に、体は牛、顔は人に似た“件”という獣が現れた。
この獣は宝永二年(1705)十二月にも現れ、翌年から豊作が続いたという。
件を描いた絵図を貼っておけば家内繁昌、無病息災、一切の災いを免れて大豊作となる。
非常にめでたい獣であるという。

また、福知山市三和町には“件”という、体は牛で顔は人間という化物がいて、「件が今年はどう言うた」などと言ったとされる。

『かわら版物語』「件という怪獣」
『学校の怪談 口承文芸の研究Ⅰ』「人面犬と件の予言」
『昭和五十年度 民俗採訪』「俗信」より


“件”は社会情勢が不安定な時に現れるとされる妖怪で、豊作・飢饉・疫病・災害などを予言したと言われています。
江戸時代から近現代にかけて、西日本を中心に目撃例があったとのこと。
丹波・丹後地域では福知山と宮津に現れたらしく、福知山の件は「件が今年どう言うた」と、何らかの予言をしていたことを仄めかす一文が載せられています。
「件が今年は○○と言った」と解釈するなら、福知山の件は毎年、あるいは何年かに一度のペースで現れて、その度に何かしらの予言をしていたのかもしれませんね。

件の図
件の瓦版(『かわら版物語』より)
件の絵を描いた紙を屋内に貼っておくと、災禍を免れられるお守りになるんだとか。試される絵心。

倉梯山
件が現れた宮津市の倉梯山。(写真中央の山。標高93m。低い

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