乳母が淵の青い火玉 / 乳母の祟り
(うばがぶちのあおいひだま / うばのたたり)*
(うばがぶちのあおいひだま / うばのたたり)*
江戸時代、丹波亀山藩主・青山氏に子供が生まれたので、乳母をつけて世話をさせることにした。
ある日、乳母がその子供を連れて保津川へ遊びに出かけた。
二人は川遊びをしていたが、子供が誤って川へ転落し死んでしまった。
責任を感じた乳母は、自身も川へ身を投げて自殺した。
そのことから、この淵は「乳母が淵」と呼ばれるようになった。
そのことから、この淵は「乳母が淵」と呼ばれるようになった。
それ以来、小雨の日には乳母が淵から青い火玉が現れて、何かを捜すように保津橋近くの川面を徘徊することがあるのだという。
乳母と子供にまつわる怪異譚は綾部市にも伝わっていますので続けて紹介します。
戦国時代、綾部には上林城という山城があった。
ある時、乳母が城主の子供を誤って井戸へ落として死なせてしまった。
乳母は逃走したがやがて追い詰められ、川へ身投げして死んだ。
入水した淵は「乳母淵」と呼ばれるようになった。
入水した淵は「乳母淵」と呼ばれるようになった。
その後、乳母の霊が上林の村に祟りを起こしたという。
『丹波の伝承』「乳母が淵」
『保津百景道しるべ』「No.48 乳母が渕の人魂」
『丹波志 何鹿郡之部』「古跡陵墓ノ部」より
細かい差はあれど、亀岡と綾部のどちらも「乳母が城主の子供を死なせてしまう→乳母は死後怪異(火の玉or霊)になる」という流れだったので、まとめて紹介しました。
ちなみに綾部の方ですが、2012年に出版された『綾部の伝説・民話』では「城主の子供が井戸に落ちて死亡→責任を感じた乳母は井戸に身投げ→後に乳母の遺体が下流で見つかる」というシンプルに悲しいだけの話になっていて「乳母が死後に祟りを起こす」という怪異部分はすっぽり省かれていました。
伝承地:亀岡市保津町・保津橋
伝承地:亀岡市保津町・保津橋
伝承地:綾部市八津合町・上林城(城址)

