丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2021年09月

こんな足

こんな足 (こんなあし)


昔、ある男が人気の無い道を歩いていると、綺麗な着物の美女が田圃に足を浸けていた。
男が「着物が汚れるから裾を上げてやる」と言って女の着物を引き上げると、その下から大きな毛だらけの足が露わになった。
驚いた男は慌てて家に帰り、妻に先程の出来事を話した。
話を聞いた妻は、「そうか、その足というのは、こんな足だったか?」と言って着物の裾をまくり、大きな毛だらけの足を見せた。
それは先程見た美女の足と同じものだった。
ふと気づくと、男は一人で田圃の中に立ち尽くしていた。
男は大きな化け狸に化かされていたのであった。

『語りによる日本の民話 10  丹後 伊根の民話』「こんな足」より


『全国昔話名彙』でいう「二度の威嚇」や、小泉八雲の「貉」などに代表される有名な話ですが、見せるのが「のっぺらぼうの顔」ではなく「毛だらけの足」だったのが珍しかったので紹介しました。

伝承地:伊根町

顔 (かお)


美山町岩江戸地区には“顔”という、顔だけが空中に浮かんでいる妖怪がいると伝えられている。
この“顔”に出遭った人は、まもなく死んでしまうという。

『ふるさとのことば -京都府美山町「岩江戸」の方言集-』「怖かった話 -狐に抓まれた守淵の幻影-」より


出遭ったら死ぬ系の妖怪は怖いですね。

老人の祟り

老人の祟り (ろうじんのたたり)


昔、ある家族が一人を残して皆死んでしまった。
残された男は家も畑も船も売り払い、死者の供養のため遍路参りに旅立った。
その家には別の家族が住むようになり、やがて男のことは忘れ去られていった。
数十年後、その家の前に白髪の老人が現れ、「ここは私の家だったのに」と呟いた。
老人は家の中から聞こえる楽しげな声を聞くと、恨めしそうに「仕方がない」と言ってどこかへ去って行った。
その後、子供が突然死するなど、この家に不幸が起こるようになった。
家人が坊主に相談すると「これはあの老人の祟りだ。老人はどこかで亡くなり、その霊が家の周りをさまよっている」と言われた。
坊主は浜辺で拾った白い石に老人の霊を封じ込めた後、祠を作って石を納めた。以来、その家で不幸は起こらなくなったという。
この祠は大火事で焼けてしまったが、霊を封じ込めた白い石は焼け残り、清五郎という所に祀ってあるという。

『舞鶴の民話 第一集』「なにがついたのやろ」より


なんという理不尽な祟り。

米吐き地蔵

米吐き地蔵 (こめはきじぞう)


昔、宮前村の金輪寺に“米吐き地蔵”という地蔵があった。
この地蔵は口から米を吐き出すということで、村人たちから大切にされていた。
だが、ある子供が欲張って「もっと多く吐いて下さい」と願った。
以来、地蔵は米を吐かなくなってしまったという。

『丹波の伝承』「米吐き地蔵」より


体内から米を出す地蔵の伝承は各地にあるようで、近隣だと兵庫県や福井県にも見られます。
福井県福井市上文殊地区のものは、
地蔵が毎日尻から米を三合ずつ出す→欲張り者が「もっと米があるはず」と地蔵の尻をほじくる→それ以来米を出さなくなる……という流れです。(『越前若狭の伝説』)
流石のお地蔵様も尻を弄られてブチ切れたんでしょうか。

伝承地:亀岡市宮前町・金輪寺



魔の虫 / わきマムシ

魔の虫 / わきマムシ (まのむし / わきまむし)


美山ではマムシは「魔の虫」と恐れられており、「鎌の柄は栗の木で作るな」と言われている。
昔、ある人がマムシを栗の木で叩き殺したところ、続々と出て来るので全て串刺しにした。
だが後でよく見ると、串に刺さっていたのは一匹だけで、後から出て来たものはマムシが化けて出たものだったという。

また、京都市左京区の広河原にも、マムシにまつわる類話が伝えられていますので紹介します。

広河原能見町の光砥谷には「マムシ岩」と呼ばれる直径2m程の岩があり、多くのマムシが棲んでいるという。
昔、ある人がこの岩のマムシを一匹殺したところ、次々と出て来たので全て始末した。
だが翌日に確認すると、マムシの死体は最初の一匹だけで、あとは全て木の葉に変わっていたという。
また、マムシを一匹殺すと他のマムシが家まで追いかけて来たという話も伝えられている。
このマムシは“わきマムシ”と呼ばれ、林道もこの岩を避けて通してあるという。

『山村の十二ヵ月』「六月 マムシに御用心」
『京都廣河原民俗誌』「マムシ岩(能見町光砥谷)」より

蛇岩

蛇岩 (へびいわ)


昔、大堰川は現在の位置より西に流れていたが、大洪水で川は野原になった。
その頃、島崎に大堰川上流から流れて来た大岩があり、沢山の蛇が幾つもの巣を作って棲んでいた。
やがてこの辺りに田圃を作るため、邪魔になる大岩を削り取ることになった。
ところが岩を半分程削った頃、石工の枕元に美しい姫が現れ「私は大岩に棲む蛇です。これ以上岩を削られると家族の棲む所がなくなってしまいます。どうか工事を止めて下さい」と涙ながらに訴えて姿を消した。
蛇姫は翌晩も同じように現れて窮状を訴え、そして三日目の夜には「聞き入れていただけないならば、あなたの家に巣を作らせてもらいます」と言って泣きながら帰って行った。
石工たちは蛇の祟りを恐れ工事を中止すると、それ以来蛇姫が枕元に立つことはなくなった。
そして村人たちはこの大岩を“蛇岩”と呼び、周囲に柵を作って注連縄を張り、祠を建てて祀ったという。

『京北の昔がたり』「蛇岩物語」より


蛇岩があった辺り
かつてこの辺りに蛇岩が祀られていました。
割と近年まで残されていましたが、耕地整理で砕かれてしまったそうです。
砕く時に蛇姫が訴えに出て来なかったんでしょうか。


伝承地:京都市右京区京北島崎




*2025/7/11 現地写真追加

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