丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2021年11月

籠堂の亡霊

籠堂の亡霊 (こもりどうのぼうれい)


新庄集落の奥にある「霧降りの滝」には籠堂があった。
この籠堂は夜中になると、子供の泣き声が聞こえたり、打掛姿の奥方や女中らしき婦人、傷ついた馬や武士の顔などが暗闇の中に浮かんでは消えるのだという。

昔、この地には城があったが、ある時、敵に攻められて落城した。
城から逃げ出した婦女子たちは近くの寺へ匿われたが、寺ごと焼き討ちにされて全員死亡した。
そのため、この籠堂には彼女らの亡霊が現れ出るのだという。

『ふるさとのむかしむかし』「細陰の城物語(一)」より


伝承地:京丹後市網野町新庄・霧降りの滝


毒の鯉

毒の鯉 (どくのこい)


江戸時代、ある者が田辺城の堀にいた大きな鯉を捕まえて料理したところ、食べた者全員が即死した。
鯉の腹を開くと、肉に灸を据えたような跡があった。これは蛇が喰った跡だという。
堀などにいる鯉には、そういうことがあるのだと言われている。

『拾椎雑話』巻二十五「鯉中毒の事」より


蛇に咬まれたことで鯉に毒が廻り、それを食べた人が中毒で死んだ、ということですね。怖。


伝承地:舞鶴市南田辺・田辺城


赤子の泣き声

赤子の泣き声 (あかごのなきごえ)


昔、海向かいの村から和田へ嫁いできた女がいたが、彼女は常々実家に帰りたいと願っていた。
ある冬の朝、大雪が降って海に氷が張りつめたことで、浜の間を歩いて渡れるようになった。
喜んだ女は氷上を渡って対岸の実家へ帰ったが、両親は彼女を不心得者だと諭し追い返してしまった。
女は泣く泣く氷上を引き返したが、行きに小便をしたところが溶けて穴になっており、そこに落ちて死んでしまった。
残された赤子は、母に先立たれた悲しみから毎日泣き明かし、やがて死んでしまった。
その後、夜更けになると、村外れの海辺から赤子の泣き声が聞こえるようになった。
以来、和田の人々は海向かいの村から嫁を貰わなくなったという。

『郷土研究』第七巻二号「丹後舞鶴できいた昔話」より


死の遠因は小便……。
ちなみに『京都 丹波・丹後の伝説』にも同じ話が載っていますが、こちらでは赤子の泣き声が聞こえるのは「夜更け」ではなく「雨のそぼ降る夕暮れや、アラレの降る日」とされています。


伝承地:舞鶴市和田


倒れる木

倒れる木 (たおれるき)


吉川村穴川の小澤某の家にはとても古い木が生えており、夜に人が通ると倒れて来るという。
もし倒木を踏み越えて進もうとすれば、元通りに起き上がり、人を樹上に持ち上げてしまうという。
また、木の根元に大入道が立っていることがあるが、捕まえようと近づけば消えてしまうと言われている。

『口丹波口碑集』「倒れる木」より


伝承地:亀岡市吉川町穴川


奥野部の氏神

奥野部の氏神 (おくのべのうじがみ)


昔、奥野部に変わった男が住んでいた。
男は秋から春にかけて町の米屋へ働きに出ていたが、毎朝神社に立ち寄っては氏神のご神体を手拭いに包んで出かけていた。
勤め先ではご神体を米俵の上に置いておき、仕事が終わると再び手拭いに包んで帰路に着いたという。
途中、岩井橋まで来ると「お宮様のそばまで帰りなよ」と言って、ご神体を川に投げ入れていた。
するとご神体はスイスイと川上へ泳いでいき、神社の前まで遡って来たという。
男はそれを引き上げ、手拭いで拭いてから神殿に戻して帰宅していた。
また、この男は夏になるとご神体を持って川に行き「涼みなされ」と言って水中へ投げ込んでいた。
ご神体が堰に引っかかって止まった時も、男が「早く来ないと放っておきますよ」と呼ぶと、スイスイと泳いで川下まで来たという。
奥野部の氏神は村人の楽しみを自身の楽しみとしていたため、こうした扱いを受けても罰を当てることなく、温かく見守っていたという。

『語りつぐ 福知山老人の知恵』「奥野部の氏神さま」より


泳ぎも出来る心優しい氏神様です。


伝承地:福知山市奥野部(御土路神社?)


内林の龍

内林の龍 (うちばやしのりゅう)


園部町内林のある藪の中に龍が棲んでいた。
龍は人が通ると必ず美女に化けて現れたが、藪の所有者の家族が通る時は決して現れなかったという。
所有者は近所迷惑になると考え、坊主に拝んでもらうと、大きな龍が光りながら天へ昇って行った。
その時、所有者の家を含む二、三軒の家に雨が降ったという。
今でもその藪には小さな龍が棲んでいると言われ、祠を建てて祀っている。

『丹波の伝承』「内林の龍の昇天」より


龍神社
龍を祀る「龍神社」は内林町の奥、西林寺の横手にあります。
長い間人の手が入っていない印象。


説明書き
説明書きがありましたが、文字が消えかかっていて全文は読めませんでした。
文脈と一行当たりの文字数から考えるに、下部の虫食い部分にはこんな感じの言葉が入るのではないでしょうか。

「龍神社
 この社は明治三十年に龍が(天へ)
 向かって昇る姿を戸川家の(主人)
 が目撃されたのを機にその(地に)
 龍神社として祭られたとさ(れて)
 います。」


背後の藪
ちなみに祠の後ろには鬱蒼とした藪が広がっています。


伝承地:南丹市園部町内林町



*2023.12.17 現地写真追加・本文修正

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