丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2021年12月

龍灯の杉

龍灯の杉 (りゅうとうのすぎ)


大江町の皇大神社境内には巨大な杉があり、神木として祀られている。
この杉は“龍灯の杉”と呼ばれ、節分の夜の丑三つ時になると、龍神の捧げる灯、「龍灯」が灯るという。
龍灯は下枝から上枝へと昇っていき、やがて天に至ると伝えられている。

『大江町誌 通史編 上巻』「第5章 生物 (三)樹木 皇大神社「龍灯の杉」ヒノキ科」より


龍灯の杉
元伊勢内宮・皇大神社本殿横にある「龍灯の杉」
周囲約7m、高さ30m以上もある古木だそうです。

空洞
度重なる落雷を受けて中は空洞化し枯れています。

龍灯の杉・側面
昭和三十七年に松明の火が引火し、隣の神社の屋根が燃えたことで杉の側面が焦げてしまったそうです。
写真ではわかりにくいですが、確かに側面は焦げたように黒ずんでいました。
今も龍灯は灯るのでしょうか。


伝承地:福知山市大江町内宮・元伊勢内宮 皇大神社


五色ヶ浜の赤子

五色ヶ浜の赤子 (ごしきがはまのあかご)


昔、五色ヶ浜(五色浜)に男の赤子を抱いた若い女の死体が漂着した。
赤子は生きていたが、村の女たちが乳をやろうとしても飲まず、ただ泣き喚くだけだった。
そこである村人が浜の小石を与えてみると、赤子はたちまち笑顔になった。
「五色ヶ浜の小石は全部あげるから、もう泣くんじゃないよ」
そう言うと、赤子は言葉を理解しているかのように笑った。
しかし、赤子はその後も飲食を拒み続け、泣き出せば浜の小石を与えてあやす、という日々が続いた。
やがて赤子は衰弱して死亡し、母親と共に葬られた。
ところがそれ以来、村人が五色ヶ浜の小石を持ち帰ると、激しい腹痛に襲われるようになった。だが小石を浜に戻すとすぐに治まる。
そのため、五色ヶ浜の小石を持ち帰る時は「子供や、お前の石を貰って行くよ」と断れば、腹痛は起こらないと言われている。

『丹後の民話 第三集 ふるさとのむかしばなし』「五色が浜と小児」
『季刊 民話』第1号 1975年〈冬〉「奥丹後物語 草稿」
『舞鶴の民話 第四集』「ふしぎな小石(網野町)」より


伝承地:京丹後市網野町塩江・五色浜


五色ヶ浜の難破船

五色ヶ浜の難破船 (ごしきがはまのなんぱせん)


ある大時化の日、一隻の屋形船が五色ヶ浜(五色浜)に漂着した。
船の中には位の高い官女と思われる女の死体があった。
ところが、塩江村の人たちが女の死体に手をかけると、途端に激しい腹痛が起こるため、触れられないでいた。
代わりに磯村の人たちが死体に触れてみたところ、特に何も起こらなかった。
そのため、この不思議な女は、磯村の人たちの手によって懇ろに葬られたという。

『丹後の伝説 ふるさとのはなし』「五色ヶ浜の難破船」より


伝承地:京丹後市網野町塩江・五色浜


人喰い岩

人喰い岩 (ひとくいいわ)


久美浜の兜山には「人喰い岩」という赤土混じりの岩がある。
昔、兜山に恐ろしい鬼婆が棲んでおり、毎日里へ出ては手当たり次第に人を喰っていた。
鬼婆の所業を知った熊野神社の神は怒り、赤土を口に詰め込んで山中に埋めてしまった。
この鬼婆が後に人喰い岩になったのだと伝えられている。

『久美浜町の昔話』にも人喰い岩にまつわる伝承がありましたので、併せて紹介します。

昔、兜山に入った木樵たちは、山を荒らされると思った「人喰い岩」によって喰われ、誰一人帰って来なかった。
ある時、腕自慢の若者が人喰い岩に術比べを挑んだところ、打ち解けて仲良くなった。
すると、人喰い岩は口を滑らせ「赤土が嫌いだ」と、若者に苦手なものを教えてしまった。
若者から話を聞いた村人たちが人喰い岩に赤土を塗ると、それ以来人を喰わなくなったという。

『熊野郡伝説史』「人食岩(神野村)」
『久美浜町の昔話 ふるさとのむかしばなし』「兜山とひとくい岩(ババ岩)」より


『熊野郡伝説史』では人を喰う鬼婆が神様によって埋められて岩になりますが、『久美浜町の昔話』では人を喰う岩が弱点を知られたことで無力化される、というそれぞれ異なる伝承になっています。
ちなみに本文で出て来る熊野神社は、兜山の山頂に鎮座しています。


人食い岩
久美浜町兜山中腹にある人喰い岩。


伝承地:京丹後市久美浜町甲山


池の尾の主

池の尾の主 (いけのおのぬし)


ある男が池の尾という山で大雨に降られ、近くの炭窯で雨宿りをしていた。
すると池の尾の主が穴を掘りながら上がって来たので、男は褌に主を包み、背負って家へ持ち帰ろうとした。
だが褌ヶ原という所まで来ると、淵の方から「池の尾のおばちゃん、どこへ行く」と声がした。
すると背中の褌から「褌にくくられて行く」と返事があった。
男は驚き、主を淵へ投げ捨てて逃げ帰ったという。
以来、そこは「褌ヶ淵」と呼ばれるようになった。

『伝承文芸』第十号「褌ヶ淵(物言う魚)」より


「穴を掘りながら上がってきた」とあるので、池の尾の主は普段は土の中に棲んでいるんでしょうか。
ちなみにこれは『日本昔話大成』でいうところの「物いう魚」に分類される話で、類話は宮城、静岡、兵庫、鳥取、沖縄など、北から南へ広く分布しているようです。
ほとんどは「拾った魚が喋る→ビックリして捨てて帰る」という流れですが、沖縄県では「拾った魚が『一波寄するか、二波寄するか、三波寄するか』と喋るので人にあげる→貰った人が魚を食べようとしたら大津波が起きて全て流されてしまう」という不幸に見舞われるオチの話もあります(『南島説話』)。
丹波・丹後地域にも、丹波篠山市や京丹後市に類話が伝えられています。


伝承地:京都市右京区京北井戸町?
「池の尾」「褌ヶ淵」の正確な位置は不明。


竜女

竜女 (りゅうじょ / りゅうにょ?)


倶利伽羅峠には大きな滝があり、滝の宮という古社と不動明王が祀られていた。
そして、この峠には夜になると化け物が出ると言われていた。
化け物は美しい娘の姿で現れ、峠を通る人を殺傷したり、村の家々を荒らしては風のように消え去るのだという。
人々はこの化け物を“竜女”と呼んで恐れ、誰も峠に近づかなくなった。
そこで村人たちは、神通力を持つという福徳貴寺の祐盛(ゆうじょう)法印に解決を依頼した。

翌日の夜、法印は村人たちと滝の宮へ行き、不動明王の前で経を唱え始めた。
その途中、ふと寒気がして振り返ると、長い髪を垂らした妖美な乙女が佇んでいた。
乙女を見た途端、法印以外の人々は動けなくなってしまった。
すると乙女は法印に歩み寄り、「私は滝壺に棲む醜い毒蛇で、醜さ故に人や世を恨み、夜毎罪を重ねている。法印の力で罪深い自分を救って欲しい」と頼んできた。
法印は彼女に真の姿を現すことを要求したが、乙女は「元の姿を見れば他の人々が気絶してしまう」と断り、翌日の夜に法印一人だけで再訪するよう告げた。

次の夜、法印が一人で滝の宮へ向かうと、おどろおどろしい毒蛇の姿となった乙女が、滝壺の上の岩でとぐろを巻いていた。
その形相は凄まじく、炎のように輝く目で法印を睨みつけ、今にも襲いかからんばかりに牙を剥いていた。
だが法印はひるむことなく、経を唱え始めた。やがて毒蛇もその声に合わせるように唱和した。
そして法印と毒蛇は一心に経を唱え続けた。
すると毒蛇の目が和らぎ、「迷いが断ち切られ、救われた。もう私がこの辺りを荒らすことはない」と法印に礼を言った。
毒蛇は体から三枚の鱗を剥がすと「困ったことがあった時、この鱗を出して、天の福、地の徳、人の貴を念じて祈れば、必ず願いが叶うだろう」と言って法印に差し出した。
そして毒蛇は大きな竜になり、金色の光を放ちながら彼方へ飛び去って行った。
辺りには何とも言えない良い匂いが漂っていたという。
それ以来、倶利伽羅峠に化け物が現れることはなくなったという。

竜女から貰った三枚の鱗は、寺宝として福徳貴寺に納められた。
不思議なことに、この鱗を出して祈れば、たちまち雨が降ってくると言われている。

『親と子の ふるさと西紀の民話集』「竜女がくれた三枚の鱗」より


伝承地:丹波篠山市栗柄・不動の滝


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