丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2021年12月

朝路池

朝路池 (あさじいけ)


八上城趾付近にある「朝路池」を一人で覗くと、水面に美女の顔が映し出されるという。
それを見た者はその年の内に死ぬと言われている。
また、朝路池には不思議な魚が棲んでおり、一人で池に行くと美女に変化した魚が手招きし、水底に引きずり込むという。
その他、水底からむせぶような女の断末魔の声が聞こえる、水底の赤く淀んだものは血であるなど、朝路池には様々な言い伝えが残されている。

『八上城民話』「あさじ池伝承」より


『八上城民話』によると、戦国時代、丹波の大名・波多野秀治の甥である波多野弥兵衛の妻に「朝路」という女性がいて、彼女は居城の八上城が落城した時、乳母と共に城近くの池に入水したとされています。
朝路が入水したことから、その池は「朝路池」と呼ばれるようになった、とのこと。


伝承地:丹波篠山市八上上・八上城趾本丸下手付近「朝路池」(池は現存しているそうです)


摩氣さんの天狗杉

摩氣さんの天狗杉 (まけさんのてんぐすぎ)


摩氣神社の奥の宮山に、樹齢何百年という杉の大木が谷の口と山の奥に一本ずつ生えている。
これらの杉には天狗が棲んでいると言われ、それぞれ「口の天狗杉」、「奥の天狗杉」と呼ばれている。
昔、数人の村人が夕方に天狗杉の近くを通った時、木の上からコロコロ、ドンドンと太鼓を叩くような、物を転がすような音が聞こえてきた。
その音を聞いた村人たちは「天狗が出た」と、急いで逃げ帰ったという。
それ以来、村人たちは遅い時間に一人でこの山へ行くことを恐れるようになった。

『園部町の口碑、伝承 おじいさんたちの話』「摩気さんの天狗杉」より


伝承地:南丹市園部町竹井・摩氣神社。まき神社ではなくまけ神社です。


*2022/5/18 一部修正

七竜の蛇

七竜の蛇 (しちりゅうのへび)


昔、ある旅人が塩江村と磯村の間の峠道を登っていた。
峠の頂上まで辿り着き、そこで休憩していると、小さな白蛇が近づいてきた。
旅人はふと悪戯気分を起こし、手にしていた煙管で白蛇の額をコツンと叩いた。
すると白蛇はたちまち杖のようになり、棒のようになり、電柱のようになり、最後には一抱えもある大木の幹ような大きさになった。
そして旅人を睨みつけ、あっという間に呑み込んでしまった。
それ以来、人々はこの白蛇を“七竜の蛇”と呼んで畏敬し、賢い蛇として祀り、願掛けをするまでになったという。
この白蛇に願をかける時は、棲み処の高天山の上方にある大穴の前に卵を供えて願うのだという。

『丹後の伝説 ふるさとのはなし』「七竜のへび」より


名前が格好良いですね。


七竜神社
七竜の蛇(七龍大神)を祀る七竜神社。
昔は右の祠の前に鳥居があったようですが、劣化でへし折れたのか、現在は片方の脚部しか残っていません。


伝承地:京丹後市網野町塩江~磯・七竜峠(七竜神社は七竜峠ロードパーク南側の丘の上に鎮座)


*2023/5/13 現地写真追加

死人の聲

死人の聲 (しびとのこえ)


明治十年(1877)、天田郡千原村に住む小澤一家は、七十歳の老婆を遺して皆死んでしまった。
その頃、ある浪人が村に移り住み、若者に剣術や読み書きを教えるようになった。
そこで村人たちは、浪人に老婆の養子となって小澤家を継ぐことを提案し、当人たちも快諾した。
ところが間もなく老婆は病に倒れ、帰らぬ人となった。村人たちは葬式の準備をし、通夜を行った。
だが通夜の最中、村人たちが念仏を唱えていると、寝かせてあった老婆の遺体が手を伸ばし、障子の桟を掴んで力任せに揺すり始めた。
そこで浪人が遺体に近づき「あなたは死んでいるのか? それとも生きているのか? 迷わず成仏して下さい」と言うと、老婆はゲラゲラと凄い勢いで笑い出した。
続けて「何か欲しいものはないか」と尋ねると、老婆は「飯をくれ」と答えた。
生死の判断がつかず、医者を呼んで診断してもらったものの、やはり脈はなく確実に死んでいる。
しかし「何かやろうか」と聞くと頷くので、医者も匙を投げて逃げ帰る始末だった。
その後警官が老婆の遺体を検分したが、今度は動くことも喋ることもなかった。
だが老婆を棺桶に入れた途端、また手を伸ばしてきたので、村人たちは遺体を放置して逃げ帰ってしまった。
翌日、老婆が死んでいることを確認し、何とか葬儀を済ませた。

その日の深夜、浪人がふと目を覚ますと、長持の前でドシドシと人が歩く足音がする。だが誰の姿も見えない。
足音は一晩中鳴り続け、浪人はろくに眠ることが出来なかった。
すると、この噂を聞いた春蔵という若者が「化け物なんているわけない。俺が試してやる」と息巻いて小澤家に泊まりに来た。
だが深夜、重たい石が椽(たるき)に落ちる音が響き渡ると、春蔵はすっかり怯えて布団の中で縮こまってしまった。
更に庭から竹馬に乗って歩き回るような音がしたかと思うと、台所からは何かを切るような音が聞こえてきた。
結局、春蔵は堪えきれず逃げ出してしまったという。

しばらくして、老婆の命日から行方不明になっていた黒猫が姿を現し、彼女の仏壇の前で目を剥いていた。
やがて黒猫は姿をくらまし、二度と現れることはなかった。
そのため、小澤家の怪現象はこの猫の仕業だろうと考えられた。
その後、浪人も引っ越してしまい、無住の屋敷だけが残されたという。

『明治期怪異妖怪記事資料集成』神戸新聞 明治三十四年十月一日「怪談百物語 死人の聲(上)(下)」より


伝承地:福知山市夜久野町千原


火事を防いだ稲荷

火事を防いだ稲荷 (かじをふせいだいなり)


大正三年(1914)の大晦日の夜、新井の玉林寺が火事になり、近くの家々まで延焼した。
玉林寺から十間(約18m)離れた所に大きな家があったが、火はその家まで迫っていた。
いよいよ火が近づいた時、その家の垂木の端辺りに正一位ののぼり旗が立った。
そして「ワーッ」という鬨の声が上がり、迫り来る火を防いだという。
誰もがその旗と声を聞いており、これはその家で信仰しているお稲荷様が助けてくれたのだと言われている。

『語りによる日本の民話 10 丹後 伊根の民話』「稲荷が火事を防ぐ」より


稲荷や狛犬などの神の眷属が火事を防いでくれるという伝承は伊根町の他、舞鶴市や丹波篠山市にも伝えられています。

完全なる余談ですが『伊根町誌 下巻』によると、玉林寺は安永七年(1777)五月・大正元年(1912)十二月と、二度も火災に遭っています。
しかも安永の時は民家からの類焼……災難ですね。
本文では火事は大正三年となっていますが、実際はその二年前の大正元年に発生したようです。


玉林寺
お稲荷様の伝承とはあまり関係ありませんが、伊根町新井・玉林寺。
現在は無住となっていて振宗寺(伊根町井室)の住職さんが兼務しているとのこと。


伝承地:伊根町新井・玉林寺付近


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