丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2022年01月

大ミミズ

大ミミズ (おおみみず)


深山には一丈(約3m)余りの大ミミズがいるという。
昔、丹波国柏原遠坂村で大風雨が一日続き、山崩れが起こった。
その時、二匹の大きなミミズが出て来た。
一匹は一丈五尺(約4.5m)、もう一匹は九尺五寸(約3m)あったという。

上記は正徳年間に成立した百科事典『和漢三才図会』の「蚯蚓」の項にある記述ですが、兵庫県の民話本『郷土の民話(丹有編)』にも、遠阪村に大ミミズが現れた話があります。

元禄十五年(1702)八月、遠坂村で長雨による大洪水が起こった。
所々で山崩れが起こり、谷川から溢れた水は田畑に流れ込み、村は泥海となった。
その日の夕方、村人たちは濁流の中に大きなミミズを見つけた。
胴回り70~80cm、色は黒く、大人の頭程もある鎌首をもたげながら岸に向かって泳いでいたが、濁流に押し流されて姿を消したという。
またこの日、谷川橋に大ミミズが引っかかっているのを村人たちが見つけている。
ミミズは長さ6~7mで、体は青く光っていた。やがて川の水かさが増え、流されて行ったという。
『織田家日記』には「大風雨後、山崩出、大みみず二頭、人為奇物也」と記されている。

『和漢三才図会 巻五十四』「湿生類 蚯蚓」
『郷土の民話(丹有編)』「徳畑川の大洪水」より


ちなみに『和漢三才図会』「蚯蚓」の項の最後には、
「『東国通鑑』(朝鮮半島の史書)によると、高麗の太祖八年(926)、宮城の東に長さ七十尺(約21m)のミミズが出た」と記されています。
20m超のミミズ……遠阪村に現れたミミズが可愛く見えるレベルの大きさですね。


伝承地:兵庫県丹波市青垣町遠阪


ガワタロウ

ガワタロウ


山國神社の裏を流れる大堰川に「馬渕」と呼ばれる大きな渕がある。
昔のある日の夕方、近所の百姓が馬渕で馬を洗っていた。
すると突然馬が暴れ出し、あっという間に深い渕へ引きずり込まれた。
止めることも引き揚げることも出来ず、遂に馬は渕の中へ沈んでしまった。
悲鳴を聞いた村人たちが駆け付けた時には馬も百姓の姿も見えず、馬渕は何事もなかったかのように静まりかえっていた。
それ以来、この渕には馬を喰う河童の“ガワタロウ(川太郎)”が棲むと噂され、子供たちは馬渕で泳ぐことを禁止されたという。

『続 京北の昔がたり』「ガワタロウの住む淵」より


山國神社裏の大堰川
山國神社の裏を流れる大堰川。
下流の方では家族連れが水遊びに興じていました。
もうガワタロウはいないのかな。


伝承地:京都市右京区京北・山國神社の裏手




*2025/7/11 現地写真追加

がわ太郎

がわ太郎 (がわたろう)


江尻の浜には“がわ太郎”という正体不明の妖怪がいて、よく人を海中へ引っ張っていた。
ある時、力持ちの庄屋ががわ太郎を捕まえて酷い目に遭わせた。
するとがわ太郎は「もうこの浜では人を引かない」と言って謝ったという。

『みやづの昔話 -北部編-』「河童退散」より


この他にも、宮津の海にはぎゃあたろうという妖怪がいると言われています。
両者とも正体不明とされていますが、名前から考えるに河童の類っぽいですね。


伝承地:宮津市江尻


まどころの古狸

まどころの古狸 (まどころのふるだぬき)


保津には「まどころ」と呼ばれる道がある。
「魔物が住む怖い所」と解釈されているが、本来は役所があったことから「政所(まんどころ)」の地名がつけられ、それが訛って「まどころ」と呼ばれるようになったのだという。
「まどころ」は道幅の狭い急な坂道で、両側に竹が茂っているため昼でも薄暗い場所だった。
昔、ここに八畳敷の金玉を持つ古狸が棲んでいた。
夜にこの道を通ると、古狸が八畳敷の金玉を投網のように操り、通行人に被せるという。
通行人は突然目の前が暗くなったことで行き先を見失い、手探りで歩く内に道を外れて藪の中をさまよっていたという。
そのため、夜に通る者はいなくなり、「まどころ」は「魔物の住む怖い所」になったという。

『保津百景道しるべ』「No.58 この辺りに、政所」より


まどころ(政所)
「まどころ」と呼ばれる坂道。
坂を少し登った先は両側から生い茂った草木が飛び出していて、昼でもちょっと寂しい雰囲気です。
金玉は被せられずに済みました。

案内看板
坂の手前にはまどころ(政所)の案内看板があります。
端っこにあるQRコードを読み込めばまどころの詳しい情報を見ることが出来るそうですが、劣化で剥がれてしまって読み取れませんでした。


伝承地:亀岡市保津町風呂ノ本



(2025/11/9 現地写真追加)

山坊甚五郎

山坊甚五郎 (やまんぼのじんごろう)


保津町には毎月十日は「味噌汁を飲まない」という風習がある。
牛松山に鎮座する金比羅神社の祭神・大物主命(おおものぬしのみこと)は継母に育てられたが、食事は味噌汁だけしか与えられず、ひもじい思いをしていた。
その頃、保津村に“山坊甚五郎”という悪戯好きの雄狐が棲んでいたが、甚五郎は大物主命を哀れみ、密かに食事を分け与えて育てることにした。
甚五郎は自分と大物主命の分の食事を調達するため、村人に化けて旅人を騙し、食料をせしめていたという。
その後、成長した大物主命は保津の守り神(金比羅神)となり、村人から厚く信仰されるようになった。
そして保津の村人たちは、味噌汁しか与えられなかった金比羅神に遠慮すると共に、神を育てた山坊甚五郎への感謝の意を込め、月命日にあたる十日は味噌汁を飲まないという。

『丹波の伝承』「狐、二題」
『保津百景道しるべ』「No.28 味噌汁の恩返し 金比羅に感謝」より


保津には“山坊甚五郎”“火無お龍”“筧小女郎”という三匹の古狐が棲んでいたと伝えられています。


伝承地:亀岡市保津町山ノ坊


天狗太鼓

天狗太鼓 (てんぐだいこ)


大江町北原では、夏の夜更けにどこからともなく太鼓の音が聞こえてくることがあった。
ある時は高く、ある時は低く響いてくる太鼓の音色は神秘的で、村人たちはこれを“天狗太鼓”と呼んでいた。
太鼓の音は大正時代末頃まで聞こえていたが、誰が何のために叩いていたのかはわからないという。

『大江町誌 通史編 上巻』「北原」より


伝承地:福知山市大江町北原


  • ライブドアブログ