丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2022年01月

大送神社の怪蛇

大送神社の怪蛇 (おおおくりじんじゃのかいじゃ)


昔、大送神社の西の竹藪に怪蛇が棲んでいた。
怪蛇は体長約七間半(約14m)、胴体は酒樽のようで、口の広さは一尺二寸(約36cm)、眼光は数十間(約100m)先にも達する程で、暴れ出る度に家屋を壊し人畜を殺傷していた。
村人たちは何度も怪蛇を退治しようとしたが、一度も成功しなかった。
偶然そこへ豪勇の武士が現れ、一月十七日の深夜に弓矢を持って怪蛇退治に向かった。
武士は第一矢で怪蛇の目の間を射ると、次いで右目、左目と矢を打ち込み、遂に七矢目で射殺した。
村人たちは大喜びし、積年の恨みから怪蛇の死体をよってたかって左右に引き裂いた。
そして武士の快挙を後世に伝えるため、村人たちは毎年一月十七日の日没に、大送神社で綱引きの神事を行うようになった。
綱引きの回数は七回で、老若男女が南北に分かれて引き合い、勝敗によってその年の米麦の豊凶を占うという。

『ふるさとの伝承 八木』「大送神社と怪蛇」より



大送神社
八木町日置の大送神社。
現在、綱引きの神事は一月十七日に近い日曜日に行われています。
まず武士役の男性が怪蛇の目に見立てた的を弓矢で三回射た後、住民たちが鳥居の奥の水路を挟んで南北に分かれ、綱を引き合います。
七戦して北が勝つと麦が、南が勝つと米が豊作になると言われています。(ここ数年は北側が連勝しているそうです)


神社本殿
大送神社本殿。
通常、神社の狛犬は向かい合った形で座っていますが、大送神社本殿前の狛犬はどちらも正面を向いています。
また両方とも「阿」形(口を開けている)で、「吽」形(口を閉じている)がいません。


伝承地:南丹市八木町日置・大送神社



*2024/4/18 現地写真追加

太鼓の音

太鼓の音 (たいこのおと)


白毫寺村寺内の北西の山に「城山」という屋敷跡がある。
これは黒井城の支城と言われているが確証はない。
毎年一月十六日、七月十六日になると、城山と黒井城から交互に太鼓の音が鳴り響くという。

また、小新屋村(山南町小新屋)東南の石金山からは、時々太鼓の音が聞こえるという。

『丹波志 氷上郡之部』「白毫寺村」より


黒井城は建武年間に赤松氏が築いたとされる山城で、その後赤井氏に移り、天正7年(1579)に明智光秀によって攻め落とされました。城は現存していません。


伝承地:丹波市市島町白毫寺、春日町多田(黒井城趾)


夫婦の鬼

夫婦の鬼 (ふうふのおに)


嘉暦三年(1328)十二月二日、国分寺に老夫婦が訪れ、住み込みで働くことになった。
二人は出自こそわからないものの、真面目によく働くため評判が良かった。
ある日、住職は夫婦に留守を任せて外出した。
夫婦には「今日は帰って来ない」と伝えたが、予定よりも早く用事が済んだため、夜更けに寺へ戻った。
ふと就寝中の夫婦を見ると、人間とは思えない顔色をしており、頭には角が一本生えていた。
翌日、姿を見られたことを悟った夫婦は、二人の正体を彫った鬼の面を残して去っていったという。
この面を出せば必ず雨が降ると言われており、干魃の時は鬼面を使って雨乞いをしたという。

また、国分寺の近くには「鬼石」と呼ばれる一部が窪んだ石があるが、これは夫婦が寺から去る時に投げたものだと言われている。
石の表面にある窪みは、投げた時についた鬼の手の跡だと伝えられている。

上記は『丹哥府志』を要約したもの(「鬼石」は『宮津府志』)ですが、後年に出版された『日本の伝説 1 京都の伝説』では少し違った話になっていたので、続けて紹介します。

昔、国分寺に夫婦が住み込みで働いていたが、二人が来てから米や薪の減り方が激しくなった。
怪しんだ住職が隠れて様子を窺うと、夫婦は大量の米を食べ、薪を燃やして暖を取っていた。
米や薪の減少は二人の仕業だった。怒った住職は満腹で眠る夫婦に近づいた。
すると二人の顔はみるみる赤くなり、口は耳元まで裂け、乱れた髪の中から角が飛び出した。
夫婦は正体を見られたことを悟り、薪に爪で自分たちの顔を彫りつけると、風のように出て行ったという。

『丹哥府志』「巻之三 與謝郡 九世戸の庄 護国山国分寺」
『宮津府志』「巻之三 仏閣之部 護国山国分寺」
『日本の伝説 1 京都の伝説』「天の橋立散歩」より


鬼面
丹後郷土資料館収蔵・鬼の面。右の男面の方が角が長いですね。
よく見ると口の横に小さな穴が空いていますが、『宮津市史 史料編 第五巻』では「可動式の牙が取り付けられていたのでは?」と考察されています。動く牙のギミック……かっこいい。
ちなみに資料館の説明プレートには「追儺式(大晦日や節分に行われる鬼を払う儀式)で使われていたものと見られる」と書かれていました。

鬼石
鬼が投げたという「鬼石」。
側面に窪んだ箇所があります。

金堂跡
国分寺金堂跡。
再建された新・国分寺はここより少し奥にあります。


伝承地:宮津市国分・(旧)国分寺


わらべ堂の女

わらべ堂の女 (わらべどうのおんな)


比治山峠のには「わらべ堂」という地蔵尊のお堂がある。
これは江戸の八百屋お七の恋人が、彼女の霊を弔うために建立した地蔵の一つだと言われている。
ある時、久美浜の代官がこのお堂で休憩をしていると、花のような美女がどこからともなく現れ、美味しい茶を勧めて消え去った。
だが村人は誰もその女のことを知らず、代官は地蔵尊の化身であると考え、田地を寄進したという。

また比治山峠には旅人を尾行する“送り狼”が棲んでいたが、このお堂まで来ると、その威厳を恐れて引き返したと言われている。


『峰山郷土史 下』「比治山地蔵堂」
『常民』第9号「京都府中郡峰山町鱒留区調査報告書」より


『京丹後市の民俗』によると、昔はお堂の屋根は藁葺きで、その藁を取って火を灯せば獣に襲われないと言われていたそうです。
このことからお堂は「藁火(わらび)堂」と呼ばれていましたが、現在は「童子堂」「ワラベ堂」と記すようになったとのことです。


伝承地:京丹後市峰山町鱒留


ダッシュ女

ダッシュ女 (だっしゅおんな)


氷上郡のとある学校では、下校のチャイムが鳴る時に廊下を走ると、“ダッシュ女”がついてくるという。
足音だけがついてくるが、決して振り返ってはならない。
振り返ると、異次元に連れて行かれるからだという。

『映画「学校の怪談」によせられたこわーいうわさ』「うしろにいるのはだれ?」より


伝承地:丹波市のどこかの学校


女郎の浜の狐狸

女郎の浜の狐狸 (じょろうのはまのこり)


由良村と栗田村の間に「七曲八峠」という険しい道がある。
その途中に「女郎の浜」という所があるが、深夜に通ると、女郎が着物を松にかけていたり、三丈(約9m)もの髪を梳いていたりするという。
女郎は狐狸が化けたものだと言われている。

『丹哥府志』「巻之九 加佐郡 第二 大川の庄 七曲八嶺」より


伝承地:宮津市由良


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