丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2022年04月

家を燃やす神

家を燃やす神 (いえをもやすかみ)


海士の愛宕山の頂上には愛宕神社が鎮座している。
昔、愛宕神社の神は、一年に一軒ずつ家を焼き、勢いよく燃える様を眺めて喜んでいた。
村人たちは「どうすれば神様の祟りを免れられるだろう」と、火事の度に頭を痛めていた。
するとある村人が「毎年一度、神社の前で火を振ったらどうか」と言い出したので、その通りにしてみたところ、年に一度の火事は起こらなくなった。
それ以来、村では年に一度、愛宕神社の前で火を振って神の心を慰めるようになったという。

『続 熊野郡伝説史』「神崎の愛宕山(神野村)」より


伝承地:京丹後市久美浜町海士・愛宕神社(海士の東にある愛宕山に鎮座)


豆を喰いに出た絵馬

豆を喰いに出た絵馬 (まめをくいにでたえま)


昔、黒岡の畑の豆が、夜な夜な何かに食い荒らされることがあった。
よく見ると馬の足跡のようなものがついていたので、これは春日神社の絵馬が絵から抜け出し、豆を喰いに来たのだろうと考えられた。
そこで早速絵馬の周りに金網を張ると、それから畑の豆が食い荒らされることはなくなったという。
現在、この絵馬は金網を取り除かれ、春日神社絵馬殿の中央に掲げられている。

『篠山町百年史』「豆を喰いに出た絵馬」より


絵から馬が抜け出る話は舞鶴市にも伝えられています。


春日神社絵馬堂
春日神社境内の絵馬殿。

抜け出た絵馬
こちらが絵から抜け出た絵馬。黒駒ですね。
慶安二年(1649)に篠山藩主松平忠国が明石へ転封の際に奉納したもので、狩野尚信の作と言われてます。


伝承地:丹波篠山市黒岡・春日神社


狸の木樵

狸の木樵 (たぬきのきこり)


昔、ある男が山で仕事を終えて帰り支度をしていると、上の方から「カーンカーン」と木を伐る音が聞こえてきた。
一緒に帰ろうと思い、男は音のする方へ声をかけたが返事はなかった。
もう一度声をかけても返事はなく、また「カーンカーン」と木を伐るような音が響いてきた。
これは狸が尻尾で枯れ木を叩き、木を伐るような音を出して騙しているのだと思い、男は急いで山を下りたという。

『丹後の民話 第一集 いかがのはなし』「たぬきのきこり」より


大宮町は、狸だけでなく狐も木を伐る音を立てて人を騙すことがあったそうです。(『おおみやの民話』)

伝承地:京丹後市大宮町久住


浦島太郎の格好をした人

浦島太郎の格好をした人 (うらしまたろうのかっこうをした人)


昔、新井に住む久という男が仲間と漁をしていると、大きな亀の甲羅が釣れた。
浜に捨てるわけにもいかず、久たちは甲羅を持ち帰って埋めた。
すると夕方、浦島太郎の格好をした人が、釣り竿を担いで久の家の前を通った。
人々は「浦島太郎が通る」と言って、しばらく評判になったという。

『語りによる日本の民話 10 丹後 伊根の民話』「亀の甲と浦島太郎」より


浦島太郎(のような人)が現れたという変わった話です。
久氏は語り手(明治40年生まれ)の祖父の弟らしいので、それほど古い時代の話でもなさそうです。江戸末頃?
浦島太郎(のような人)が久氏宅前を通った理由はわかりませんが、参考書籍の解説には「伊根町は浦島太郎伝説がある土地で、亀の甲羅を大切に扱ったから現れたのではないか」とありました。
浦島太郎に所縁のある伊根町ならではの話ですね。


浦嶋神社
伊根町本庄浜の浦嶋神社(正式名称は宇良神社)。祭神は浦嶋子(浦嶋太郎)。
天長二年(825)、丹後の豪族・浦嶋一族の業績を称えて建立された神社だそうです。


伝承地:伊根町新井


シリヒキダンガメ

シリヒキダンガメ


佐治川と葛野川の合流点にある本郷の「笑巌ばと」という所は川が深くなっている。
ここには“シリヒキダンガメ”というものがいて、川に入った人のはらわたを抜いたり血を吸ったりするという。
シリヒキダンガメは河童、またはカワウソとも言われている。

『生郷村志』「しりひきだんがめ」より


ちなみに伊根町では「だんがめ」は「大酒のみ」という意味なんだそうです(多分関係ない)。


伝承地:丹波市氷上町本郷


安養寺の榊

安養寺の榊 (あんようじのさかき)


奈良時代、行基菩薩は行脚の途中で富本村を訪れ、村の発展に尽くした。
村人たちは行基の徳を偲び、北廣瀬に安養寺という寺を建立した。
だが寺はやがて廃寺となり、往時に植えた榊と根元に祀られている地蔵だけが残った。
榊は年々成長し、幹に人の顔のようなものが浮き出たことで、神木として敬われるようになった。
そしていつしか、この榊の枝を伐り採った者は必ず腹痛に襲われると言われるようになり、誰も手を入れなかった。
だが明治になり、その噂を信じない若者が榊に鎌を打ち込んだところ、風もないのに枝葉がざわめき出し、伐り口からは血のようなものが流れ、叫び声が聞こえた。
すると若者は急な腹痛に襲われ倒れてしまった。
その後、家人が榊に念仏を唱えて謝ると、若者の腹痛はすぐに治まったという。
以来、この榊に触れる者はいなくなったが、地蔵は子供の病気や老人の腰痛に霊験があるとされ、参拝者が跡を絶たなかったという。

『丹波の伝承』「安養寺の榊」より


伝承地:南丹市八木町北広瀬


  • ライブドアブログ