丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2022年08月

夜鳴石

夜鳴石 (よなきいし)


昔、大島村にお冬という娘がいた。
彼女は月に数回、対岸の村から舟でやって来る若い船頭に心を寄せていた。
ある日、船頭はいつものように大島村での仕事を終え、対岸の村に帰る準備をしていた。
お冬は船頭を見送るため磯辺に出たが、そこで海に突風が吹く前兆を感じた。
急いで船頭の元へ行き「今日はこれから突風が吹くから舟に乗ってはいけない」と忠告したが、船頭は彼女の言葉を聞かず帰って行った。
お冬は磯の岩の上から遠ざかる舟を見送ることしか出来なかった。
そして舟が沖まで進んだ時、海上に突風が吹き、船頭は舟もろとも波に飲み込まれてしまった。
それを見たお冬はショックのあまり気を失い、岩の上から海へ転落し、化石となって磯に埋もれた。
以来、台風が来る前には磯から寂しげな鳴き声が聞こえるようになり、漁師たちもその日は海に出なかったという。
お冬の化石は海中深く沈んだのか、護岸工事で破壊されたのか、今はその行方を知る者もいない。

『宮津の民話 -ふるさとのむかしばなし- 第一集』「夜鳴石」より


伝承地:宮津市大島


おかたさん

おかたさん


昔、河辺に「おかた」というケチな米売りの女がいた。
おかたは米を貸す時は小さな升で計り、返す時は大きな升で計るという汚い方法を取っていたため、周囲との諍いが絶えなかった。
村人たちは何度も升を同じ大きさにしてくれと頼んだが、おかたは聞く耳を持たなかった。
遂に村人たちは怒り、竹槍を手におかたの屋敷に押しかけると、彼女の脇腹を突いて殺してしまった。
おかたは死ぬ寸前に「私が悪かった。これからは腹が痛い人は私が治してやる」と言って息絶えた。
以来、腹痛の人が西屋の畑にある「おかた屋敷」というお堂へ参ると、不思議と痛みが治まるようになったという。

『舞鶴の民話 第一集』「おたかさん(西屋)」より


参考文献では「おかた」「おたか」と若干の表記ゆれが見られたので、当ブログでは「おかた」表記に統一しました。


伝承地:舞鶴市河辺中


孕み猿の祟り

孕み猿の祟り (はらみざるのたたり)


世木村殿田の上野山の中腹に、丹波猿楽で有名な梅若実延の屋敷があった。
ある大雪の日、実延が庭を眺めていると、松の陰に大きな猿がうずくまっていた。
早速弓で矢を射かけようとすると、大猿は実延に向けてしきりに自分の腹を指さし、慈悲を乞うような素振りを見せた。
だが実延はそれを無視して矢を放ち、大猿を射殺した。
そして死体を縁側に運び、よく見てみると、大猿は妊娠していることがわかった。
以来、梅若家には不幸が続くようになり、遂に没落して江戸に移り住んだという。

『丹波の伝承』「孕み猿の祟り」より


伝承地:南丹市日吉町中世木


岡本谷の大蛇

岡本谷の大蛇 (おかもとだにのだいじゃ)


横田の岡本谷にソロ葦が生い茂る所があった。
ある時、その茂みの中に道が出来ていたので、森某という人が見に行くと、大蛇が横たわっていた。
森某は驚いて家に逃げ帰ったが、それから五日間床に伏したという。

『丹波の伝承』「岡本谷の大蛇」より


伝承地:南丹市園部町横田


六部塚

六部塚 (ろくぶづか)


文化年間(1804~1818)、ある六部が塔集落の三宅谷に住み着いた。
六部は自分で掘った洞窟に籠もり、鐘を鳴らし経を唱えて過ごしていたが、やがて死亡し、それと共に鐘の音は途絶えた。
それから百年後のある日、再び鐘の音が聞こえてきた。
そこで村人たちは三宅谷に石塚を建立し、六部の霊を祀った。
以来、塔集落では毎年八月二十三日に、石塚の前で御詠歌をあげるようになったという。

『京北町誌』「六部塚」より


*六部=巡礼僧のこと。


伝承地:京都市右京区京北塔町


六助稲荷

六助稲荷 (ろくすけいなり)


峰山の近くに六助という貧乏な男がいた。
ある秋の日、六助と妻が小原境の峠で笹を刈っていると、狐の穴を見つけた。
六助は「穴の入口に笹が茂っている。これでは出入りする度に露がついて冷たいだろう。それに穴の中は陰気だし、寝ながら月を拝むことも出来ない」と言って、妻の制止を無視して穴の笹を全て刈り取ってしまった。
その夜、大きな白狐が六助夫婦の夢に現れ「今日は穴の入口を掃除してくれてありがとう。おかげで露もかからず、寝ながら太陽も月も拝めるようになった。お礼に、もうすぐ伏見稲荷で行われる富くじ(宝くじ)で、必ず大当たりを引けるようにしてあげよう。くじを買う資金がなければ障子戸を売って京に上ると良い」と告げた。
六助は白狐のお告げを信じ、家の障子戸を売り払って資金を作ると、伏見稲荷へ向かった。
だが富くじを売り出すのは四ヶ月先、来年の二月だと販売員に言われ、六助は落胆して自宅へ帰った。
そして夫婦は障子戸のない吹き曝しの家で「寒い、寒い」と震えながら、布団を引っ張り合って眠った。
すると再び白狐が夢に現れ「六助、お前が穴の入口の笹を刈ったせいで私は寒さで眠れなくなった。お前も障子戸がなければ、開閉の手間もかからないし、私と同じように寝ながら月見も出来るようになるから満足だろう。もう少しすれば雪見も出来るようになるぞ、喜べ喜べ」と言って笑った。
翌日、六助夫婦は山へ行き、石を立てて油揚げを供え、白狐に謝罪したという。
石は「六助稲荷」と呼ばれ、人々が拝んでいたが、今はもうなくなってしまったという。

『丹後の民話(1) 狐狸ものがたり』「六助稲荷」より


善意とはいえ、巣穴に余計なことをした六助を言葉巧みに騙して自分と同じ目に遭わせるというやり口、陰湿で良いですね。
ちなみに南丹市には、巣を壊された狸が夜な夜な「寒い寒い」と訴えに来る話が伝えられています。


伝承地:京丹後市弥栄町吉沢


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