丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2022年09月

神石 / くらがけ石

神石 / くらがけ石 (かみいし / くらがけいし)


長浜の高倉神社境内には、主祭神が乗り移った“神石”という1m程の石が祀られている。
この石をまたいだ者には必ず祟りがあると言われ、村人たちは石を避けて回り道をしたという。
また長浜一帯が練武場だった頃、主祭神がこの石に鞍をかけ、馬上姿となって兵士を鼓舞したという伝承があり、そのことから“くらがけ石”とも呼ばれている。
元々石は裏山近くの海岸にあったが、第二次大戦前、海軍の施設拡張工事のため現在の場所に移されたという。

『舞鶴の民話 第一集』「くらがけ石(長浜)」
『高倉神社案内板』より


案内板によると高倉神社の祭神は誉田別尊、天児屋根尊、菅原道真の三柱ですが、この中の一柱が石に乗り移ったのでしょうか。それとも全員?
ちなみに神石はある村人の病気(怪我?)を治したことから、身体救護の石としても崇められているそうです。


神石
高倉神社境内の神石。
テカテカと黒光りする特徴的な石です。二つに割れている?
現在は物理的に跨げないようになっているので安心ですね。


伝承地:舞鶴市長浜・高倉神社


ぶっそうな石

ぶっそうな石 (ぶっそうないし)


河辺八幡神社の裏手には無住の寺がある。
昔、この寺の和尚が、髪も髭も剃らず、風呂にも入らず、石のみで地蔵を彫っていたが、途中で死んでしまった。
その時の石は今でもそのまま放置されており、石の下には宝物が埋まっているという。
これまでに宝物を盗み出そうとした者があったが、いずれも果たすことなく病気で早死にしてしまったという。
また理由はわからないが、「この石の上へあがる時は素足で上がれ」と言われている。

『舞鶴の民話 第一集』「ぶっそうな石(河辺中)」より


また「河辺八幡神社裏の櫓には小判が埋まっている」という話も伝わっています。
こちらも掘り出したら早死にしてしまうのでしょうか。


伝承地:舞鶴市河辺中(河辺八幡神社付近の千手院?)


鶯岩

鶯岩 (うぐいすいわ)


梅田村下大久保の外れに“鶯岩”という岩がある。
昔、ある殿様が狩りをしている時、岩の中から鶯の鳴き声が聞こえてきた。
殿様は岩の中へ入って鶯を捕まえようとしたが、入ることが出来なかった。
今でも毎年、岩の中から鶯の鳴き声が聞こえてくるという。

『丹波の伝承』「鶯岩と夜泣石」より


伝承地:京丹波町下大久保


泣き石 / 鳴き石

泣き石 / 鳴き石 (なきいし)


●泣き石
明治の初め頃、千代川村川関に“泣き石”と呼ばれる石があった。
山陰街道の開設工事の際、この石を割ろうとすると、叩く度に泣いたという。
一説には「つまらん、つまらん」と言って、石が自然に泣いていたともいう。
泣き石の話は有名で「発掘したが良い石が出ず石材屋が泣いた」「線路を敷く時に石が硬くて作業が進まず建設会社が泣いた」というような話も囁かれた。

●鳴き石
昔、千代川村川関の南に“鳴き石”と呼ばれる大石があった。
ある時、この大石をゲンノウで叩いて割ろうとしたところ、割れ目から出血し石が大声で泣き出したため、人々は怖くなって作業を中止したという。
また一説に、この大石を割ろうとした時、「この大石は洪水の時には突き当たりになるので、川関の民家は水没を免れられている。だから石を割られては困る」と村民が泣き悲しんだため、割られなかったという話もある。

『口丹波口碑集』「泣き石」
『丹波志桑田記 名石之部』より


伝承は微妙に異なるものの、おそらく同じの石の話だと思うのでまとめて紹介しました。
『新修亀岡市史 資料編 第四巻』によると、この石は山陰線敷設の時に破壊されてしまったそうです。
石のあった場所は「鳴き岸」と呼ばれているんだとか。


伝承地:亀岡市千代川町川関


足留稲荷

足留稲荷 (あしどめいなり)


昔、成松のお美代という娘が家出して行方不明になった。
捜索するも見つかる気配はなく、この上は伏見稲荷の分霊を祀る玉松稲荷に願うしかないということになった。
そして父の太助は、暮れ六ツ時(午後六時~七時頃)に西念寺境内の玉松稲荷に参って娘の無事を祈願した。
その夜、太助が床に就くと辺りがにわかに明るくなり、銀色の毛の白狐を従えた明神が枕元に現れた。
「お美代は三原村の仁兵衛の家に足留めしておいた。夜が明けたら迎えに行くといい」
明神はそう告げると、煙のように姿をかき消した。
太助は夜明けを待ちきれず、急いで三原の仁兵衛家を訪ねたところ、お告げの通りお美代がいた。
お美代は「本当は遠くへ行くつもりだったが、昨日の暮れ六ツ頃から足が動かなくなってしまった」と、仁兵衛宅に滞在していた理由を語った。
それを聞いた太助は、玉松稲荷の霊験に感謝したという。
以来、玉松稲荷は「足留稲荷」と呼ばれ、多くの人に信仰されるようになった。

『由緒を尋ねて』「成松の玉松稲荷」より


伝承地:丹波市氷上町成松・西念寺


鳴滝の古狸

鳴滝の古狸 (なるたきのふるだぬき)


西本梅村大河内の瑠璃渓の畔に、音という猟師が住んでいた。
ある日、猟を終えた音と仲間が鳴滝まで帰ってくると、仏頂国師(法常寺の開祖)が平たい石の上で座禅を組んでいた。
仲間は気にせず通り過ぎたが、最後尾の音は国師の両耳がピクピクと動いているのを見て「こいつは妖怪の類だ」と気づいた。
そして音は一旦通り過ぎてから、後ろ向きに国師目がけて銃を撃った。
驚いた仲間が振り返った時、石の上には大きな古狸が血を流して倒れていた。

『丹波の伝承』「国師に化けた鳴滝の古狸」より


坊主に化けた古狸が退治される話は舞鶴市にも伝えられています。
狸坊主


伝承地:南丹市園部町大河内


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