丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2022年11月

狐の化けたもの

狐の化けたもの (きつねのばけたもの)


ある猟師が銃を担いで出かけたところ、後ろから娘がついてきた。
「先に行け」と促しても娘は「後からが良い」と言って拒む。
仕方なく猟師は前を歩きながら、銃の火縄に火をつけようとしたが、何度やってもすぐに消えてしまう。
「どうにもならない」と思って歩いていると、急に娘が「お前を殺さなければ私が殺される」と言ってきた。
驚いた猟師はとっさに娘を谷へ突き飛ばした。
娘は狐の化けたものだったという。

『丹後の民話(1) 狐狸ものがたり』「猟師と狐」より


伝承地:伊根町のどこか

吠える龍の彫刻

吠える龍の彫刻 (ほえるりゅうのちょうこく)


明治の中頃、下吉田村は大洪水に見舞われ、田畑や人家は水没、寺も流されてしまった。
洪水が去った後、村人たちは寺を再建するため、若狭(福井県)から大工を呼び寄せた。
大工は村人の家に泊まり込み、昼は寺の工事をし、夜になると本堂に飾る龍の彫刻を彫っていた。
やがて本堂は完成したが、龍の彫刻は期日までに間に合わなかった。
大工は若狭へ帰った後も未完成の彫刻のことが気になり、熟睡出来ない日々が続いたという。
その後、大工が宿泊していた家では、夜になると二階からコトコトと物音がするようになった。
家人が二階へ上がってみても、造りかけの龍の彫刻があるだけで特に異常はない。
不思議に思い村人たちに相談すると「それは彫りかけの龍が吠えているのだ」と言われた。
そこで村の大工に頼み、龍の彫刻を完成させると、それから物音は聞こえなくなったという。
完成した龍の彫刻は頓乗寺に納められ、今も本堂の向拝に飾られている。

『美山伝承の旅』「ほえるりゅう」より


若狭の大工はちゃんと熟睡出来るようになったのでしょうか。


龍の彫刻
頓乗寺の本堂に飾られた龍の彫刻。
背面には明治天皇が詠んだ御製(和歌)が書かれています。


伝承地:南丹市美山町下吉田・頓乗寺


砂まき狐

砂まき狐 (すなまきぎつね)


今西中の長須と角垣の境は「カナゲ」、小田垣と井田の境は「岩座」と呼ばれている。
夜更けにこの村境の小道を通ると、必ず崖の上からパラパラと砂が落ちてくるという。
いつしか村人たちは「カナゲや岩座を通る時は気をつけろ。狐が砂をかけるぞ」と声を掛け合うようになったという。

『夜久野町史 第一巻(自然科学・民俗編)』「今西中のカナゲと岩座の狐」より


丹後の伊根町にも“砂まき狐”がいたらしく、『京都府 伊根町の民話』には「ある村人が砂まき狐のフリをして、臆病な村人の頭の上から砂をまいて脅かした」という笑い話が載せられています。


伝承地:福知山市夜久野町今西中


大将軍稲荷

大将軍稲荷 (たいしょうぐんいなり)


昔、福知山に非常に強い力士がいたが、その力を頼りに横暴な振る舞いをして人々を苦しめていた。
そこで人々は村の強くて柔和な若者に、この悪い力士を相撲で負かしてほしいと依頼した。
若者は人々の頼みを引き受け、福知山の御霊神社の土俵で相撲を取り、悪い力士を投げ殺した。
その後、若者は相手の弟子たちの報復を避けて本庄(京丹波町)に移り住み、そこで多くの人のために尽くしたという。
後に若者は稲荷の化身であったことがわかり、本庄の人々は“大将軍稲荷”として同地に祀った。
この稲荷は賽銭よりも相撲の観戦を好むため、人々は祭日になると社の前に土俵を作って相撲を奉納したという。
また、一度この稲荷の社を北の愛宕山に遷座したことがあったが、毎夜山の木々が騒いで人々を脅かすので、元の場所に戻したという話も伝えられている。

『和知町 石の声風の音』「大将軍稲荷大神宮」より


その他、丹波・丹後地域に伝わる稲荷が力士に化けるお話。
丹波篠山市→負けぎらい稲荷


大将軍稲荷1
京丹波町本庄の大将軍稲荷神社。
昔は境内に篠竹が生えていたそうですが、周囲の田畑に侵入することはなかったんだとか。

大将軍稲荷2
大将軍稲荷神社社殿。
神社の西側には綺麗に整備された芝生の相撲場らしきものがありました。


伝承地:京丹波町本庄・大将軍稲荷神社


人取り岩

人取り岩 (ひととりいわ)


牧村の北の谷にある黒い岩は、近くを通る人を取ると言われていた。
だがある高名な人が谷に来て祈祷し、岩に斧を打ち込むと、それからは人を取らなくなった。
その時の斧の跡は今も残っているという。
また、牧村北東の小室の谷にある岩には、二、三歳の子供の下駄の跡が一つついているという。

『丹波志 氷上郡之部』「牧村」より


伝承地:丹波市市島町上牧


赤いゆがきの娘

赤いゆがきの娘 (あかいゆがきのむすめ)


昔、三浜村に炭焼きをして暮らす父・母・息子の三人家族がいた。
ある夜、この家に綺麗な娘が訪れ、一夜の宿を求めた。
父は反対したが、可哀想に思った母は娘を泊めることにした。
家に入れて食事を与えると、娘は空腹だったのか大量に食べた。
食事を終えると、娘は囲炉裏で着物を乾かし始めたが、その時、赤いゆがき(着物の下着)をチラチラと拡げて見せつつ、息子のそばへにじり寄った。
息子は驚いて後ずさったが、娘は再び赤いゆがきを見せて近寄った。
娘が近寄る度、息子は後ずさり、そうして二人は囲炉裏の周りをグルグルと回り続けた。
それを見た父は「この娘は人間ではない」と思い、火のついた炭を娘の赤いゆがきの中に放り込んだ。
すると娘は「あっちちちち」と叫び、狸に姿を変えて山へ逃げて行った。
それ以来、この家では夜に来る娘は決して泊めないように気をつけたという。

『子ども風土記』「赤いゆがきのむすめ」より


伝承地:舞鶴市三浜


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