丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2023年05月

タニシの恩返し

タニシの恩返し (たにしのおんがえし)


昔、鍛冶屋村に大きなたんこぶのある男がいた。
ある時、男は田圃でタニシを見つけ、上段の田圃へ放り投げた。
それは水に流されて家族と離れ離れになったタニシで、男は田圃へ行く度、上段の田圃へ上げてやっていた。
するとある晩、男の夢にタニシが現れ「やっと家族一緒になれました。お礼に願い事を聞いてあげましょう」と言った。
そこで男は「たんこぶを取って下さい」と願うと、翌朝、たんこぶは取れていたという。

『由良川子ども風土記』「たにしのはなし」より


伝承地:綾部市鍛冶屋町


熊の恩返し

熊の恩返し (くまのおんがえし)


昔、西大浦村の三人の猟師が山で熊穴を見つけ、鉄砲を構えて見張っていた。
すると穴から大きな熊が現れ、猟師たちの前に座り、手を合わせて涙をこぼした。
二人の猟師は「良い金になる」と喜んで撃とうとしたが、もう一人の心優しい猟師は熊を逃がしてやった。
だがしばらくすると別のオス熊が出て来て、また両手を合わせて命乞いをした。
優しい猟師は先程と同じように逃がそうと訴えたが、二人の猟師はオス熊を撃ち殺して村へ持ち帰った。
それから一年後の十二月、三人の猟師は例年通り山へ入ったが、大雪に見舞われ遭難してしまった。
数日後、二人の猟師の死体が谷底から発見されたが、優しい猟師の死体は見つからなかった。
家族は諦めて葬式を済ませたが、春になる頃、死んだと思われていた優しい猟師が戻って来た。
猟師は「雪山で遭難したが熊が助けてくれた。木の葉が敷き詰められた熊穴の中で寒さをしのぎ、腹が減れば熊の足の蜜を舐めた。帰りはその熊と生まれたばかりの小熊が雪をかき分け、村まで道案内をしてくれた」と話したという。

『舞鶴の民話 第三集』「熊のおんがえし(大浦)」より


同市三浜にも、雪山で遭難した男が熊に助けられる話があります。
ただこちらは恩を仇で返したため残虐エンドになっています。


伝承地:舞鶴市平


三台坊

三台坊 (さんたいぼう)


昔、保津村の文覚寺に、人の心を見抜く力を持つ“三台坊”という坊主がいた。

ある時、村人が心の中では惜しいと思いつつ、銭や大根を寺へ寄進した。
すると三台坊は「惜しいと思いながら持ってきた物などいらない。その証拠に大根を切れば中から血が出るだろう」と言った。
村人が大根を切ってみると、中から血が出てきたという。
またある時、小僧が三台坊の汚れた衣服を見て「いい加減汚いから着替えましょう」と勧めると「一週間後に衣を持って来る人がいるからそれまで我慢する」と答えた。
一週間後、寺に衣を寄進する者が現れたという。

その頃、丹波亀山城では、天守閣にある笛が鳴り響いて止まらなくなるという異変が起こっていた。
保津村の坊主が五十人程集まって祈祷するも効果はなく、最後に三台坊が呼び出された。
三台坊は城へ来ると、天守閣の一番高い所へ登り、四股を三つ踏んだ。すると笛の音はピタリと鳴り止んだ。
喜んだ殿様は三台坊に褒美として請田山を与えたという。

そんなある日、三台坊は突然姿を消した。
村人たちは方々を捜し回ったが見つからず、最後に請田神杜を訪れると、鳥居のそばに三台坊の履き物が脱ぎ捨ててあった。
三台坊はいつも口癖のように「私は天へ昇る」と言っていたので、ここから昇天したのだろうと考え、履き物を鳥居の下に埋めて石碑を建立したという。
また一説には、三台坊は「私はもうじき死ぬから付き添ってくれ」と、八人余りの坊主に寝ずの番を頼んだが、いつの間にか姿を消し、請田神社の鳥居のそばに履き物を脱ぎ捨てて昇天していたという。

『丹波の伝承』「文覚寺の三台坊」
『口丹波口碑集』「三締坊(保津村)」
『保津百景道しるべ』「三諦坊物語」より


三台坊(三締坊、三諦坊とも)は現在の京都市西京区出身の僧で、実在の人物だったと伝えられています。
三台坊の逸話は上記以外にも多数残されていますが、その幾つかを以下に紹介します。

●三台坊が閑谷の山を歩いている時、頂上から大岩が転がり落ちてきたが、扇を開いて岩を受け止めた。
●村の若者が「流石の三台坊でも剃刀で切ったら痛がるだろうか」と話した後に寺へ行くと、三台坊は「私でも切られれば痛い」と答えた。
●村人が餅を寺へ持って行こうとしたところ、妻が「九つも持って行くな。七つでいい」と文句を言った。無視して重箱に餅を九つ入れて寺へ行くと、三台坊は重箱の包みを解く前に「二つ減らして七つにしなさい」と言った。
●亀山城の異変を解決した時、殿様に何でも願いを叶えてやると言われ、三台坊は「藁一束分の土地が欲しい」と請うた。殿様が許可すると、三台坊は幾つもの藁を繋ぎ合わせて長い長い縄を作り、請田山を囲い込んだ。こうして三台坊は請田山全てを手に入れた。
……などなど。

ちなみに『口丹波口碑集』『保津百景道しるべ』では、亀山城の異変は「笛が鳴り止まなくなる」ではなく、「城が少しずつ傾いて唸り声を上げる」という別の怪異になっています。


伝承地:亀岡市保津町


姫岩

姫岩 (ひめいわ)


菟原下にある岩に耳を当てると、コットンコットンと機を織る音が聞こえる。
これを「お姫さんの機織り」という。
また、女性がこの岩の横にある坂道で倒れ、道に手をついた時は糸を岩に供えるとという。

『吾が古里のこぼれ話』「姫岩」
『三和町史 上巻』「姫岩」より


姫岩
姫岩は
梅田神社へ向かう坂道の横にあります。
岩の上には風化した地蔵のようなものが祀られていました。


姫岩後ろ
姫岩の裏側。結構大きいです。
試しに岩に耳を当ててみましたが、位置が悪かったのかそばを流れる川の水音しか聞こえませんでした。


伝承地:福知山市三和町菟原下



*2023/11/16 現地写真追加・本文修正

片眼の魚

片眼の魚 (かためのさかな)


目谷山の麓の池には片眼の魚が棲んでいるという。
また、この池に魚を放しておくと片眼になるとも言われている。
これは天正十年(1582)、新治城の合戦時に弓矢で片眼を射られた侍が、この池で眼を洗ったからだという。

『峰山郷土史 下』「新治城」より


南丹市には、山の神に供えた鮒がいつの間にか片眼になっているという話があります。


伝承地:京丹後市峰山町新治(池の位置は不明。現存していない?)


藤にされた長物

藤にされた長物 (ふじにされたながもの)


新井の新井崎神社は徐福を祀っているが、それ以前の氏神は荒神だった。
この荒神は水の神で、新井の北の「アゲ」という高所に祀られていた。
荒神の御神体は長物(蛇)で、杉の大木に絡まっているところを新井崎の神に見つかり、見にくい(醜い?)からと、杉に絡まる藤の木に変えられてしまったという。
この木は伐り倒され、今は残っていない。

『西郊民俗』101号「産神としての火の神(下)」より


徐福(じょふく)…秦の始皇帝から「不老不死の仙薬を探してこい」という命を受けて日本に来た人物で、各地に渡来伝説が残されています。
伊根町にも徐福伝説があり、徐福は新井の「ハコ岩」から上陸した後、同地に定住したとされています。


伝承地:伊根町新井


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