丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2023年05月

上り山

上り山 (あがりやま)


弘化四年(1847)正月十一日の深夜、竹野郡木津の上村(上野村?)で激しい地鳴りが起こり、大雨が降り注いだ。
夜明け頃にようやく地鳴りは静まり、雨も止んで青空が広がった。
だが村人たちが外に出ると、高さ五、六丈(約15~18m)程の山が忽然と聳えていた。
村人たちは前代未聞の出来事に驚き、たちまちこの山の噂は遠近に広まった。
村の古老曰く、宝永四年(1707)にも富士山が分かれて宝永山という山が出来たことがあったが、それから世は豊かに栄えたという。
その時は「宝永」の年号に因み「豊栄」の前兆だったとされ、弘化に起こった上村の地変は「世界が豊かな時代に弘く化す(弘化)印だ」として人々は喜び祝ったという。

『「丹後の国に於て一夜の内に山湧出る次第」図』(瓦板)
『ふるさとのむかしむかし』「上(あが)り山地変」より


その後、宮津藩はこの地変を調査しましたが、結局原因はわからず「木津は温泉が出るんだから硫黄が噴き出して土地を持ち上げたんだろ」という評決を下したそうです。

また宮津市にも一夜にして山が生まれた話があります。


上り山
現在の上り山付近。
上り山は昭和二年(1927)の北丹後地震で3m(5~6mとも)程陥落し、その後頂上を削って学校や老人ホームが建てられたため、山の面影はほとんど残っていません。


山湧き出るの図
弘化四年の上り山地変を伝える瓦板。(舞鶴市所蔵)
突如現れた山を見て驚く人々の姿が描かれています。
ちなみにこの瓦板は舞鶴市の『糸井文庫 書籍閲覧システム』で見ることが出来ます。


伝承地:京丹後市網野町木津



八幡岩

八幡岩 (はちまんいわ)


上稗生の小屋谷の奥に“八幡岩”と呼ばれる大岩があり、昔から「八幡岩を怒らせると怖い」と言われていた。
昔、ある人が伐った木を八幡岩の上に倒してしまい、頭痛に苦しめられた。
岩に酒と塩を供えて謝ると、頭痛はすぐに治まったという。

また、上稗生の小堂坂にある欅の大木を傷つけると災いが起こると言われていた。
そのため、道路拡幅の時もこの欅を避けてルートを決めたという。

『ふる里 生畑 ~暮らしのあゆみ 明日への道しるべ~』「稗生谷」より


伝承地:南丹市日吉町生畑


塩谷の観音

塩谷の観音 (しおたにのかんのん)


昔、塩谷村の子供たちが観音堂から観音像を持ち出し、寄ってたかって真二つに割ってしまった。
子供たちは悪いことをした恐ろしさに、皆それぞれの家に逃げ帰った。
その中の一人の幼児も家に戻ったが、折り悪く祖母が観音堂へ参るところだった。
幼児は祖母に連れられ渋々観音堂へ向かったが、途中で怖くなり「観音さんはお堂にいないよ」と訴えた。
不思議に思った祖母がお堂の方を見ると、石段の先を観音像が歩いていた。
それを見た幼児は一目散に逃げたが、残された祖母は一人でお堂に近づいた。
するとそこには二つに割れた観音像が倒れていた。
祖母は驚き、割れ目を合わせてお堂の中へ納めると、急いで帰宅して幼児に事情を聞いた。
事の真相を知った祖母は「お詫びしなければ」と、幼児を連れて再び観音堂に参った。
するとお堂の中から「心配することはない。もう傷は治ったよ」という声がした。
二人が恐る恐るお堂を覗くと、割れていたはずの観音像は傷跡もなく、元通りに直っていたという。

『和知町 石の声風の音』「塩谷の観音さん」より


伝承地:京丹波町塩谷


蛇島の大蛇

蛇島の大蛇 (じゃじまのだいじゃ)


舞鶴湾に「蛇島」という小島がある。
大昔、蛇島に大蛇が棲んでいて、近くの佐波賀村の人々を苦しめていた。
元々佐波賀村は「子ナギ」という谷にあったが、大蛇の襲撃から逃れるため、この谷を境に上佐波賀村と下佐波賀村に分かれたという。
その後、大蛇は雲門寺の開祖・普明国師に退治された、または冠島(雄島)へ逃げたとも伝えられている。

『舞鶴市史 各説編』「蛇島(佐波賀)」より


蛇島の東隣の烏島には、カラスとフクロウが争った話が伝えられています。

普明国師の祈祷で昇天した黒髪の美女(大蛇)の話。


伝承地:舞鶴市佐波賀・蛇島


奥野々坂の狸

奥野々坂の狸 (おくののさかのたぬき)


昔、奥野々坂には狸が多く棲んでいて、人を騙すと言われていた。
ある日、大部谷村の金さんという男が谷川(山南町)へ法事に行った帰り、ご馳走を持って夜の奥野々坂を歩いていた。
だが金さんは提灯を忘れてしまい、真っ暗な山道を手探りで歩いていた。
するとあちこちに灯りがつき、その灯は「こっちへ来い」と手招きしているように見えた。
灯に吸い寄せられるように近づいて行くと、いつの間にか坂を登り詰め、遠くに大部谷村の灯りが見える所まで来ていた。
だがその途端、金さんを誘っていた灯は消えた。
そこで金さんは一旦休憩をとったが、微かに笛太鼓の音が聞こえてきたので、音のする方へ向かった。
すると大勢の男女や子供たちが輪を作り、笛太鼓の囃子に合わせて楽しげに踊っていた。
元来踊りが好きな金さんは、我を忘れてその輪の中に入り踊り続けた。
やがて踊り疲れて眠ってしまい、目を覚ました時には既に太陽が登っていた。
辺りには誰もおらず、着物は泥だらけ、そして土産のご馳走は空になっていた。
近くの田圃を見渡すと、獣の足跡が沢山ついていたという。

『柏原の民話とうた』「奥野々坂の狸」より


伝承地:丹波市柏原町下小倉~山南町奥野々・奥野々坂(トンネル開通後、奥野々坂は廃道になっている)


仕置場の火の玉

仕置場の火の玉 (しおきばのひのたま)


安良城があった時代(1430~1582年頃)、加悦の浄福寺の北は仕置場で、罪人や捕虜はそこで斬首されていた。
そして処刑があった日の夜は、必ず仕置場に火の玉が飛んだという。

『加悦町誌』「安良城の仕置場」より


伝承地:与謝野町(加悦)


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