丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2023年07月

薬師如来の雨

薬師如来の雨 (やくしにょらいのあめ)


ある年、西階村は空梅雨に悩まされ、村人たちは薬師堂で太鼓を鳴らしながら「雨、たんもれ(降れ)、たんもれ」と拝んだ。
すると青空がにわかに曇って大雨が降り出し、その瞬間、薬師如来像が煌々と輝いた。
村人たちは雨でずぶ濡れになったが、誰一人風邪をひかなかったという。
それどころか、ずぶ濡れになった村の娘はその日から一段と美人になったという。

『丹波町誌』「薬師堂の民話」より


伝承地:京丹波町高岡


化け石

化け石 (ばけいし)


中京区醒ヶ井通錦小路下る東側の民家の横に、狸が憑いている石がある。
夜に前を通ると石が壁に化けて通さなかった、石を蹴った人が病気になった、石が煙草を吸っていた、というような話があり、人々はこの石を恐れている。
また丸太橋(丸太町橋?)辺りには、毎夜位置が変わる石があるという。

『改訂 京都民俗志』「化け石」より


大猫に化けて武士に斬られた化け石の話はこちら。


伝承地:京都市中京区醒ヶ井通錦小路下る(石の位置は不明。現存していない?)


狐の神通力

狐の神通力 (きつねのじんつうりき)


汐切の古狐は、鉄砲を向けて撃っても弾が出ないという。
ある猟師は「古狐は銃口から神通力をかける。だから筒先に障子紙を貼れ」と聞き、紙を用意して猟に出た。
すると古狐が出たので、猟師は弁当を取り出し、飯粒で銃に紙を貼りつけようとしたが、その隙に弁当を取られてしまった。
翌日、猟師はあらかじめ銃に紙を貼って猟に出たが、古狐はおろか獲物一匹見つけられなかったという。

『丹後の民話 第二集 ふるさとのむかしばなし』「きつねの神通力」より


伝承地:京丹後市大宮町五十河


かごの木の地蔵

かごの木の地蔵 (かごのきのじぞう)


ある朝、池田の人が家の戸を開けると、入口に地蔵が立っていた。
以前から池田には「やましいことをすると、かごの木の地蔵が家の前に立つ」という言い伝えがあった。
重い地蔵を元の場所に戻すことも、もちろん壊すことも出来ない。
そこで村長や近所の人々に拝みに来てもらい、またその人も地蔵にお詫びを言った。
すると数日後、地蔵は夜の内にかごの木の元へ帰ったという。
このようなことが時々あるので、池田の人々はかごの木の地蔵を畏れ敬い、毎朝お参りしたり、自らの言動を慎むようになったという。

『旧六人部村の歴史』「かごの木の地蔵さん」より


地蔵に立たれた人は何をしでかしたんでしょうね。


北向子育て地蔵
池田にあるかごの木の地蔵(北向子育て地蔵)。
巨大なかごの木とむくの木の根元に祀られています。
今でも地元の方々からの信仰は厚く、撮影日は沢山の花とココアがお供えされていました。


むくの木・かごの木
国道9号線沿いに並び立つかごの木(左側手前)と
むくの木(右奥)。
両方とも樹齢数百年を越えているそうです(七百年以上とも)。
ちなみに地蔵は木の裏側にあります。


伝承地:福知山市池田


尻引きマント

尻引きマント (しりひきまんと)


昔、本郷川(加古川)に“尻引きマント”という河童が棲んでいた。
川の下流にある蔵ヶ渕を青い背中を見せて泳ぐ姿や、諏訪神社近くの一本柳の下で頭の皿に水をかけている姿を見た人がいるという。

ある夏の日、壮治という泳ぎの得意な子供が友人たちと本郷川で遊んでいた。
ところが蔵ヶ渕に差しかかった時、壮治は突然「きいっ」と声を上げ、目を見開いたまま水中に沈んでいった。
友人たちは壮治が尻引きマントに襲われたと思い、村人に助けを求めた。
そして村人たちが懸命に捜索すると、壮治は土手の下の草むらに転がっていた。
「鮎のようなキュウリのような臭いがしたと思ったら、急に足を引っ張られる感じがした」
そう話す壮治の足首には、水かきのある手形がついていた。
尻引きマントは壮治を水中へ引きずり込んだものの、素早く浅瀬に逃げられてしまったので、それ以上の追跡を諦めたのだという。
そしてその日の夕方、壮治の祖母は尻引きマントの好物のキュウリを本郷川まで運び、蔵ヶ渕へ流したという。

『丹波のむかしばなし 第五集』「本郷川の尻引きマント」より


ちなみに尻引きマントは
太陽が怖いそうです(頭の皿が乾くから)。
逆に太陽の出ていない曇りの日は元気になるんだとか……。


尻引マント1
氷上町の本郷公園にある尻引きマント(河童)の像。


尻引マント2
尻引きマントは頭の皿に水がある間は陸上でも強く、水辺に来た動物を水中に引き入れて尻から腸を引っこ抜く恐ろしい妖怪と伝えられています。
のほほんとした顔なのにやることはえげつない。


本郷川(加古川)
公園のそばを流れる本郷川(加古川)。土手に注意喚起の看板がありました。
現在は改修工事で流れも穏やかになっていますが、昔は子供が泳ぐには危険な所だったそうです。


お隣の丹波篠山市にも同名の河童の話が伝わっています。


伝承地:丹波市氷上町本郷



*誤字脱字を修正しました。スイマセン。

夜もの

夜もの (よもの)


昔、ある男が夜の三浜峠を歩いていた。
三浜峠は猿が多く、男は猿の悪戯を避けるため、一匹捕まえて生き肝を取り、竹に挟んで歩いていた。
生き肝を見た猿は逃げ出していったが、代わりに妙な気配が後ろから迫って来た。
男が立ち止まると後ろの気配も止まる。
男は「夜もの(夜に出る化け物)がついたな」と考え、般若心経を唱えたが効果はなかった。
そこで次に般若心経を逆さに三回唱えてみると、夜ものの気配は消えた。
それ以来、この男に夜ものがつくことはなくなったという。

『わが郷土 丸山小学校創立百周年記念誌』「さかさ心経 -小橋-」より


参考書籍では、男が夜ものにつかれなくなった理由を「ただでさえ難しい心経を逆さに唱えられるような人は法力に通じた者だ、と夜ものが認めたからではないか」と解釈しています。
ちなみに小橋では化け物だけでなく狼も“夜もの”の類と考えられていたそうです。


伝承地:舞鶴市小橋


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