一本松地蔵 (いっぽんまつじぞう)
慶長六年(1601)、大雨による氾濫を防ぐため、伊佐津川の瀬替え(堤防工事)が行われた。
工事奉行の山口長左エ門には美しい娘がいて、彼女は毎日昼前になると父に弁当を届けに現場へ来ていた。
美しい娘は人夫の評判となり、彼女が現場に来る度に作業の手が止まるため、工事がはかどらなくなった。
その上、工事の途中で洪水が起こり、完成間近の堤防が流されるという不幸に見舞われた。
藩の役人は現場に来る娘の祟りではないかと考え、ある夜、娘を騙して工事現場の河原に誘い出し、斬り殺して死体を川に流した。
それからは娘が現場に来ることもなくなり、人夫たちは仕事に精を出すようになった。
長左エ門も悲しみに耐えながら仕事を続け、まもなく堤防は完成した。
だがその後、夜になると悲しそうな姿の娘の亡霊が河原に現れるようになった。
そこで村人たちは堤防のそばに松を植え、地蔵を建立して娘の霊を慰めたという。
『舞鶴の民話 第一集』「一本松地蔵」
『現地案内板』より
様々な願いを叶えてくれるお地蔵様で、特に赤子の夜泣きに霊験があるため「泣き地蔵」とも呼ばれているそうです。
賽銭泥棒が多いのか、不穏な注意書きがそこかしこに……。
伝承地:舞鶴市七日市



