おふじさん
昔、上東村の藤津神社の下に、ニ反(約2000㎡)もの御供田があった。
ある時、おふじさんという女性は姑から「一日で御供田の田植えを済ませろ」と命令され、早朝から田植えに励んだが、夕方になっても終わらなかった。
そこで太陽に向かって「もう少しいて下さい」と願ったところ、それから太陽は沈まなくなった。
おふじさんはその間に作業を続け、何とか田植えを終わらせることが出来た。
不思議なことに、作業が終わると同時に太陽は沈み、辺りは暗闇に包まれた。
だが太陽を止めた咎か、その後、おふじさんは高熱を出して死亡した。
村人たちはおふじさんを哀れみ、彼女を超人的な力の持ち主として藤津神社に祀ったという。
『八雲のれきし』「おふじさん(上東)」
『舞鶴の民話 第一集』「おふじさん(上東)」より
上東の氏子の間には「おふじさんを可哀想に思うなら藤は燃やさない」「山で藤を切っても持ち帰らずその場に捨てる」など、藤にまつわる慣習があったそうです。

上東の藤津神社。
由緒沿革は不詳とされていますが、一説には「藤」という女性が社殿を造営したと伝えられています。
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応仁の戦乱の頃(1467~1477)、上東村に藤という信心深い娘がいた。
ある日、藤は村の南の山頂にある檜の大木に龍灯がかかるのを見た。
藤は神々の示現であると感じ、春日神社・八幡神社・大日霊貴神社の社殿を造営した。
その後、村人たちが社殿を改築し「藤津神社」と称して村の氏神にした。(『八雲のれきし』)
「沈む太陽を止める」という話は、鳥取県の「湖山長者」(ある長者が田植えを済ませるため沈む太陽を黄金の扇で止めるがその咎で没落する話)や、広島県の「平清盛の日招き」(平清盛が音戸の瀬戸(海峡)の開削工事を期日通りに終わらせるため沈む太陽を扇で招き返す話)などが有名です。(『因幡志』『広島 歴史と文化』『日本怪異妖怪事典 中国』など)
ちなみに丹後地域だと、与謝野町と京丹後市に「太陽を止めたことで没落する長者」の話が伝わっています。
また、おふじさんのように嫁が田植えを終わらせるために太陽を止める話は静岡県や島根県にも伝わっています。
●静岡県
ある嫁が舅に一日で田植えを終わらせるよう命じられたが、途中で日が沈みかけたので「植え終わるまで待ってくれ」と太陽を招いた。だが植え終わった後、嫁は腰を下ろすと同時に倒れて死んだ。以来そこを嫁殺田(嫁田)と呼ぶ。(『静岡県伝説昔話集』)
●島根県
隠岐島五箇村の重屋という家の嫁が赤子を背負って田植えをしていた。あと少しのところで日が沈みかけたので、嫁は太陽を手招きした。すると太陽が後戻りし、その間に田植えを済ませることが出来た。だが気づくと背中の赤子の首がちぎれてなくなっていた。(『隠岐島の伝説』)
静岡県も島根県も話の流れはだいたい同じですが、島根県の方は太陽を戻した罰なのか、赤子の首がもぎ取られるというホラーなオチになっています。
どことなく小泉八雲の「幽霊滝の伝説」のラストを彷彿とさせますね。恐ろしや。
伝承地:舞鶴市上東

