丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2024年04月

周枳峠の狐

周枳峠の狐 (すきとうげのきつね)


ある雨の夜、村人が周枳峠を歩いていた。
やがて峠の頂上に着くと、急に雨が止み、西の空に月が出て明るくなった。
村人はほっとして煙草を吸い始めたが、ふと「今夜は新月なので月が出るはずがない。おかしいな」と気づいた。
その途端、急に辺りが真っ暗になり、再び雨が降り出したという。

『周枳郷土誌』「峠の狐」より


伝承地:京丹後市大宮町周枳


飴を買う幽霊

飴を買う幽霊 (あめをかうゆうれい)


昔、広小路から菱屋町へ入る角に飲食店があり、その裏に「アメ長」という水飴や茶を売る店があった。
ある年の夏、夜な夜なこの店へ飴を買いに来る女があった。
年齢は三十歳程で非常に肌が白く、どこか寂しそうな様子だった。
アメ長はその態度を不思議に思い、ある夜、いつものように飴を買いに来た女の後を追いかけた。
すると女は永領寺の境内に入り、墓場に来たところで突然姿を消した。
その瞬間、青い火の玉がボーッと飛んで行ったので、アメ長は恐ろしくなって逃げ帰った。
翌朝、再び永領寺の墓場へ行くと、夜半に降った雨で墓が窪み、女の死体が露出していた。
そしてその死体の腹から赤子が飛び出していた。
生前妊婦だったこの女は、死後も棺桶に入れられた六文銭を一枚ずつ使い、飴を買って赤子に与えていたのだという。

『ふるさとの話題 75集』昭和五十年十月号「菱屋町の怪!赤児にアメを」より


死んだ妊婦が幽霊になって赤子に飴を買い与える話は「飴買い幽霊(子育て幽霊)」という怪談で、各地に類話が見られます。
京都府だと京都市東山区の「みなとや」という飴屋さんに、夜な夜な女幽霊が我が子のために飴を買いに来たという伝説があります。
ちなみに「みなとや」は現在も営業中で、飴買い幽霊にちなんだ「幽霊子育飴」という飴を購入出来ます。

また福知山市牧の永明寺の開祖・大極和尚(九州出身)も、死んだ母の幽霊に飴を与えられて生き延びたと伝えられています。(『福知山の民話と昔ばなし集』)


アメ長があった辺り
広小路から菱屋町へ入る道。
アメ長は右のビル(以前はレストラン)の裏にあったそうですが、現在は駐車場になっています。


永嶺寺
永領寺はアメ長跡地から北へ100mくらい行った所にあります。
コンクリ製のハイカラなお寺です。(本堂右側に墓地)


伝承地:福知山市菱屋


河南の婆

河南の婆 (かんなんのばば)


昔、東古佐村の河南源六という長者の妻・みのが病気になり、床に伏せてからはまともな食事をとらず、魚ばかり食べるようになった。
しかも魚を運んできた下女が部屋を去るまでは決して食べようとしないので、家族は皆不審に思っていた。
そんなある日、息子の嘉蔵は用事のため庄屋の家へ行き、深夜になってから帰路についた。
すると対面から大勢の声が聞こえてきたので呼びかけると、一丈(約3m)余りの大入道が目を光らせながら現れた。
嘉蔵は驚いたが、犬山城城主(愛知県)・成瀬隼人正から拝領した稀代の一刀(わざもの)を腰に差していたので、鞘を打ち払い大入道に斬りかかった。
すると大入道はそばの松の木によじ登り「“河南の婆”を呼んでこい」と叫んで消え失せた。
嘉蔵は大入道の言葉、そして母みのの不審な言動を思い返し、母は怪物ではないかと疑い始めた。
それからしばらくして、嘉蔵は下女から「みのの手は人間のものではない」と聞き、件の一刀を手に部屋の襖の影からみのの様子を窺った。
するとみのは怪猫のような手をニューと突き出し、むしゃむしゃと魚を貪り喰った。
それを見た嘉蔵は部屋へ押し入り、みのに化けた猫を斬り殺した。
本物のみのは化け猫に喰い殺され、死体は床下に隠されていたという。

『神戸新聞』明治三十四年十一月九日刊「怪談百物語 第五十五席 稀代の一刀(わざもの)」
(元資料『明治期怪異妖怪記事資料集成』)より


「千疋狼」っぽい要素のある話ですが、狼の群れは登場せず、そのため木に登って避けたり狼たちが梯子になって登って来たりという展開はありません。

その他の千疋狼。

ちなみに嘉蔵の刀の目貫には金の鶏の意匠が施されており、大入道に向けて抜刀した時に鶏の鳴き声が聞こえたそうです。


伝承地:丹波篠山市東古佐


安行山

安行山 (あんぎょうさん)


安行山は安倍晴明が天文の修行をした山と言われている。
ある日、晴明は安行山の頂上から京都御所の方を眺めていたところ、太陽が二つ現れた。
それを見た晴明は天皇の身辺に危険があることを知り、御所に馳せて守護したという。

『ふるさと口丹波風土記』「安行山と晴明(亀岡西山)」より


また安行山には「隠れ岩」という岩群があるそうです。
どの位置から数えても隠れて見えない岩があり、岩の数が合わないと言われています。(『口丹波口碑集』)


伝承地:亀岡市余部町・安行山(西山)


尺八を封じた和尚

尺八を封じた和尚
(しゃくはちをふうじたおしょう)


昔、ある虚無僧が荒山村の寺を訪れ、尺八も吹かずに昼食を求めた。
和尚は虚無僧の無作法な態度に腹を立てながらも、怒りを抑えて昼食を用意した。
虚無僧は昼食を待つ間、「自分は三寸(約9cm)の厚みのある物でも見抜き通せる技がある」と自慢していた。
そこで和尚は食事の膳の裏側に箸を貼り付けて虚無僧に差し出した。
それと知らずに虚無僧が箸を要求すると、和尚は「貴僧は三寸の厚みの物を見抜けると言っていたではないか」と嘲笑い、箸は膳の裏側にあると教えた。
すると虚無僧は顔を汗塗れにし、食事をするどころか挨拶もそこそこに寺を辞した。
気を良くした和尚は昼食をとろうと思い、湯を汲みに行ったが、何故か茶釜の蓋が取れなくなっていた。
和尚は「先程の虚無僧が腹いせに茶釜の蓋を封じたのか」と憤り、報復に虚無僧の尺八を封じる呪文を唱えた。
すると間もなく虚無僧が舞い戻り、「尺八が急に鳴らなくなった。尺八が鳴らなければ虚無僧として生きていけないので今日限り辞める。鳴らない尺八も不要になったのでこの寺に寄付していく」と言って立ち去ったという。

『丹後の伝説 ふるさとのはなし』「由緒ある「尺八」について」より


峰山町荒山の菩提寺(少林寺?)には、この虚無僧が置いて行った尺八が寺宝として所蔵されているそうです。


伝承地:京丹後市峰山町荒山


大川様

大川様 (おおかわさま)


田ノ谷の八幡神社に大きな岩があり、割れ目に獣の尾の形をした石が差し込まれている。
岩には注連縄が張られ、大川様として祀られている。
昔、八幡の使いの狼が暴れ出て村人に危害を加えるので、祈祷して岩の中に封じ込めた。
それ以来、毎年十二月三日の明神講には、早朝から宮当番の者が人目につかないよう神社で五合飯を炊いて藁苞に納め、夕方になるとお供を連れて大川様に参り、供養することになっている。

『鶴林 特集号「伝承」』「諸行事」より



大川様(狼岩)
大川様(狼岩とも)は三和町田ノ谷の八幡神社本殿の横に祀られています。
割れ目に差してある尖った石を囲むように注連縄が張られ、幣束が供えられていました。


大川様全景
岩はかなりの大きさで、下半分はほとんど地中に埋まっています。


八幡神社
八幡神社本殿。
こちらの神社は狛犬ではなく眷属の狼(狛狼?)が本殿を守っています。


伝承地:福知山市三和町田ノ谷・八幡神社


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