丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2024年05月

油を舐める大入道

油を舐める大入道 (あぶらをなめるおおにゅうどう)


昔、石田の人々は日暮れになると大歳神社の常夜灯に交代で火を灯していた。
ある日、その夜の当番のいつという女が油壷をさげて神社へ向かうと、社の片隅に大きなものがぬぼーっと立っていた。
それは頭が軒先に届きそうな程大きな坊主で、いつを見てにたーっと笑った。
いつは腰を抜かし、その場にへたりこむと、大入道は「そんなに怖がることはない。わしは人並み外れて大きいだけじゃ」と言ってげたげた笑った。
そして大入道は逃げようとするいつに「わしが大きいのでびっくりしたじゃろう」と声をかけた。
いつは「お前より大きな坊主を見たわい」と捨て台詞を吐いて逃げ帰った。
翌日、大入道の噂は町中に拡まったが、人々は半信半疑だった。
そこで三人の若者が真偽を確かめるべく、日暮れに神社へ向かった。
若者たちは灯籠に火を入れ、木陰に隠れて待っていると、近くの八幡の森から旅装の大入道がずしりずしりと大きな足音を立てて現れた。
そして大入道は灯籠の油をぴちゃぴちゃと美味そうに舐め出したので、若者たちは一目散に逃げ帰った。
その後も夜になると大入道が現れては灯籠の油を舐めるので、町は大騒ぎになり、人々は何とかしようと意見を出し合った。
すると庄屋が「良い考えがある」と言って、夜に一人で神社へ向かった。
そして庄屋は姿を現した大入道に「あんたはとても大きくて立派だ。でも私はもっと大きい坊主を見たことがあります」と言った。
すると大入道が「わしより大きいのか」と尋ねたので、庄屋は「ずっとずっと大きいです。お腹なんて、とっても大きいです」と答えた。
翌朝、腹の皮が破れた大狸が、灯籠のそばに横たわっていたという。

『親と子の ふるさと西紀の民話集』「大入道」より


大入道は大狸が化けたもので、庄屋から「お前より体もお腹も大きい坊主がいる」と煽られて対抗心に火が点き「更に大きくなってやるわい」とお腹を膨らませたものの、膨らませ過ぎて限界突破し破裂してしまったのでしょうか。
庄屋が膨らみきったお腹に尖ったものを刺して破裂させた、という可能性もありますが。


伝承地:丹波市柏原町柏原


貧乏神

貧乏神 (びんぼうがみ)


昔、ある所に大変貧乏な家があった。
一家五人は食べていくことが出来ず、ある日、家族全員で物乞いに出ようとした。
するとそこへ小さな男の子が現れ、「わしも連れて行ってくれ。わしは貧乏神で、いつもこの家の縁の下にいたんだ」と言った。
家人が「お前のせいで貧乏なのだ」と文句を言うと、男の子はどこかへ行ってしまった。
しばらくすると男の子が戻って来て「これを四升鍋で炊いて食べてくれ」と言って一握りの米を渡した。
言う通りにしてみると、四升鍋が一杯になる程の米が炊けたので、家族はそれを食べて腹を満たした。

その年の大晦日、相変わらず一家は貧乏で、正月の餅すら用意出来ない有様だった。
すると男の子が夜中に隣の金持ちの家に行き、沢山ある餅に赤色の着色料をつけて回った。
翌朝、金持ちは赤く染まった餅を見て「こんな汚い血がついている餅など食べられない。全部捨てろ」と命令した。
そこへ男の子が現れ「捨てるなら私に下さい」と頼み、赤い餅を全て貰い受けた。
男の子は餅を貧乏な家に持って帰り、そのおかげで家族五人は楽しい正月を迎えることが出来た。
その後、男の子の仕業かわからないが、金持ちの家は徐々に貧しくなっていき、反対に貧乏な家は栄えていったという。

『丹後 伊根の昔話』「貧乏神」より


伝承地:伊根町本庄上


五老の滝の大蛇

五老の滝の大蛇 (ごろうのたきのだいじゃ)


五老(五郎)の滝は池姫神社から数百メートルの所にある。
旱魃の時は池ノ内八村の村人が集まり、五老の滝から池姫神社まで大きな岩を引くと必ず雨が降ったという。

かつて五老の滝の上流に沼があり、人に害をなす大蛇が棲んでいた。
そこで磐衝別命(いわつくわけのみこと)が大岩を開いて水を通し、流れてきた大蛇を斬り殺した。
だが後に大蛇が祟りを起こしたので、池姫大明神として祀ったという。
滝の大岩を動かすと雨が降るのは、沼の主であった大蛇の亡魂の仕業だと伝えられている。

『丹哥府志』「五老の瀧」より


今回は江戸後期の地誌『丹哥府志』をベースにまとめましたが、他にも、生贄に選ばれた娘が大蛇を刀で刺し殺す話(『まいづる田辺道しるべ』)や、大蛇が素戔嗚尊の神徳を受けて逃げ出す話(『池姫神社由緒書き』)など、五老の滝の大蛇にまつわる伝承は多く残されています。



五老の滝
五老(五郎)の滝。
二段の石積み堰堤になっているので落差は低めです。
滝というより堤防っぽい印象。


岩がゴロゴロ
滝周辺には大小様々な岩が転がっています。
これらの岩の中から大きいものを選んで池姫神社まで運んだのでしょうか。
岩引きの行事は古くは天平宝字元年(757)に行われ、昭和十四年(1939)九月十日に行われたのを最後に途絶えました。
ちなみに最後の岩引きを行った時は数日後に大雨が降ったそうです。効果バツグンですね。


池姫神社
池姫神社(雨引の社)。
五老の滝の下流、約500mの所に鎮座しています。
元は山の上と滝の下に祀られていましたが、持統天皇の時代(690年)に洪水で両社とも流されてしまい、その後現在の位置に再建されました。


伝承地:舞鶴市布敷


天狗岩

天狗岩 (てんぐいわ)


昔、ある男が琉璃渓谷で炭焼きをしていると、法螺貝の音が聞こえたような気がした。
音のした方を見ると、岩の所で天狗が法螺貝を吹いていたので、男は驚いて逃げ帰った。
それ以来、その岩を“天狗岩”と呼ぶようになった。
ある年の夏、田圃の水が足りなくなったので、村人たちは鳴滝から太鼓を叩いて天狗岩に登り、千束の柴を燃やして一日中拝み続けた。
すると鳴滝がゴオーと音を立てて鳴り、雨が降り始めたという。

『園部101年記念誌「翼」 みんなの歩みと未来への夢』「天狗岩」より


天狗岩は天狗の棲み処で、天狗はいつもこの岩に座っていたとも伝えられています。(『丹波の伝承』)


伝承地:南丹市園部町大河内(天狗岩は琉璃渓谷西側の掃雲峰という山の中腹にあります)


水戸谷峠の怪

水戸谷峠の怪 (みとだにとうげのかい)


ある日の夜明け前、大宮町の森本の老婆がぼた餅を背負い、与謝野町の山田に嫁いだ娘の家へ向かっていた。
だが水戸谷峠の頂上に来ると、急に先が見えなくなった。
進もうとしても前に行けず、へたり込んでいる内に夜が明けた。
背中のぼた餅は無事だったが、外側は砂だらけになっていたという。

『おおみやの民話』「水戸谷で化かされる」より


何者かが老婆を立ち往生させ、荷物のぼた餅を盗もうとしたのでしょうか。

その他の水戸谷峠の怪異


伝承地:与謝野町上山田、京丹後市大宮町三重


円成寺の金神

円成寺の金神 (えんじょうじのこんじん)


ある夏の夜、円成寺の義門禅師は寺内の池でしきりに髪を洗う老人を見かけた。
禅師が声をかけると、老人は驚きつつも「私は鬼門の金神である」と答えた。
老人は「この寺の厠は鬼門の位置に建てられているので、毎日頭に不浄(糞尿)をかけられて困っている。祟ってやりたいが貴僧の高徳に打たれてそれもならず、毎夜こうして髪を洗っているのだ」と説明した。
そして「山門側の鬼門返しに当たる位置に祀り直してくれれば、末永く鬼門除けの神となるであろう」と言い残し、煙のように消えた。
その後、金神を山門側に祀り寺の守護神とすると、円成寺は方除けの寺として有名になったという。

『由緒を尋ねて』「小倉の円成寺」より


伝承地:丹波市柏原町下小倉・円成寺


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