丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2024年08月

天狗さん

天狗さん (てんぐさん)


漆谷の分水嶺に近い山に、立て岩という岩がある。
その山の峰近くに二帖敷き程の台座があり、そこは「天狗さんの休憩所」と呼ばれている。
また、同じ谷の上の方に燈籠杉という木があり、そこにいつでも火が灯るという。
天狗さんは千本松という松から真向かいの立て岩へ行き、更にそこから燈籠杉へ回って遊んでいるという。

昔、加衛門という老人が、天狗さんにつままれて行方不明になった。
村人たちは鐘や太鼓を鳴らし、「加衛門返せ」と言いながら捜索すると、四日目に青ざめた顔の加衛門が帰って来た。
それから天狗さんは非常に恐れられたという。
ところがある時、木樵が千本松と燈籠杉を切ろうと考え、木にヨキ(斧)を打ち込んだ。
天狗さんの木を切る時は、打ち込んだヨキがそのまま木についていれば切っても良いが、ヨキがポオンと放り出されている場合は「天狗が放った」と言って切らないという。
すると翌日、打ち込んだヨキが放られていたので、木樵は「これは恐ろしい。こんなもの切ったらいかん」と思い、切るのを止めたという。
だがその後、別の木樵が「天狗もくそもあるもんか」と言って、燈籠杉を切ってしまった。
その木樵は燈籠杉を売って儲けたが、帰宅して間もなく死亡したという。

『伝承文芸 第十号 -丹波地方昔話集-』「天狗さんの話」より


伝承地:京都市右京区京北井戸町


化かすもん

化かすもん (ばかすもん)


ある日の夕方、周枳の油売りの男が口大野の余部の近くを歩いていると、にわかに辺りが暗くなった。
男は「狸か狐の仕業か」と思い、念仏を唱えながら空の油缶をガンガン叩くと、再び明るくなった。
余部には、よく化かすもんがいたという。

『周枳郷土誌』「狸が化かす油売り」より


伝承地:京丹後市大宮町口大野


阿草の石仏

阿草の石仏 (あくさのいしぼとけ)


ある年の夏、阿草村はひどい旱魃に見舞われた。
そんな中、旅の僧たちが村を訪れ、田圃の畔で昼飯を食べていた五へい親子に食事を分けてもらった。
僧たちは五へい親子に感謝し、「恩返しに何か願いを叶えたい」と持ちかけた。
そこで五へいが「田圃に水が欲しい」と願うと、僧たちはあちこちに散らばり、やがて僧の一人が石仏を抱えて戻って来た。
僧は五へいの田圃の畔に石仏を祀り、「この仏の足先を擦れば水が湧き出ます」と言ってどこかへ立ち去った。
五へいは半信半疑で石仏の足先を擦ると、そこから綺麗な水が湧き出し、田圃はあっという間に水で満たされた。
それを見た他の村人も、五へいから石仏を借り受けて田圃に水を張り、やがて阿草村の全ての田圃が水で満たされた。
すると、石仏の噂を聞いた峠向こうの村人たちが、夜に阿草村へ忍び込み、石仏を盗んで村に持ち帰った。
そして山裾に祀り、石仏の足先を擦ったが、何故か一滴の水も出なかった。
どれだけ擦っても水は出ず、怒った村人たちは鍬や棒で石仏を叩き壊そうとした。
するとその時、「コラッ、バカモノタチ、ミズガホシケリャダシテヤル……」という声が聞こえ、石仏の足先からどんどん水が湧き出て、村は水浸しになった。
そこで村人たちは石仏に謝罪し、阿草村に戻したという。
阿草村はその後も水に困ることはなかったが、ある年に起こった大水で、石仏はどこかへ流されてしまったという。

『丹波のむかしばなし 第三集』「あくさの石ぼとけ」より


伝承地:丹波市山南町阿草


観音岩の白鳩

観音岩の白鳩 (かんのんいわのしろはと)


鹿谷に獨鈷抛山千手寺(独鈷杵寺)という寺がある。
この寺へ向かう道に屏風のような三枚の岩があるが、ここで転ぶと三年目に死ぬと伝えられている。
また、獨鈷抛山の頂上に観音岩という岩がある。
昔、柿花集落の岡村某という人が、観音岩に留まっていた白い鳩に矢を射かけ、目を貫いた。
鳩はそのまま飛び去り、血の跡を追うと、千手寺の本堂まで続いていた。
この鳩は観音菩薩が化けたもので、そのため、千手寺の千手観音像は左目がないという。
岡村某は間もなく神罰によって死亡し、その子孫は代々目の病気を患い、やがて一族全員死に絶えたという。

『口丹波口碑集』「獨鈷抛寺」より


転んだら三年以内に死ぬ坂道。


伝承地:亀岡市薭田野町・千手寺


人角

人角 (ひとづの)


昔、葛野に「いつもり長者」という長者がいた。
長者は人格者で慈善家でもあったため、人々から崇敬されており、何不自由ない幸福な生活を送っていた。
そんなある日、彼の愛娘の頭から二本の角が生えてきた。
長者は大変驚き、手を尽くして治療したが効果はなく、「角を生やした鬼女」の噂は世間に広まっていった。
最早神仏に縋る他ないと考え、長者は朝夕欠かさず岩船神社に参詣し、祈りを捧げ続けた。
すると三年後、岩船神社の神が長者の夢枕に立ち、「お前の願いを聞き届けよう。だが私の力では角は一本しか落とせない。もう一本は観音に願うがいい」と告げた。
それから長者は上野の寺に朝も夕も参詣し、観音像に願をかけ続けた。
そして更に三年が過ぎた頃、長者の願いが通じ、娘の角は綺麗に抜け落ちたという。

『熊野郡伝説史』「人角(湊村)」より


岩船神社
久美浜町葛野の岩船神社。
長者の娘から抜け落ちた角は、岩船神社と中性院(網野町木津)に片方ずつ保管されていましたが、寺の角は火事で焼失してしまいました。
もう片方の角は今も岩船神社に保管されているそうです。見てみたい……。

ちなみに『ふるさとのむかし 伝説と史話』によると、長者の娘は「さよ」という名前で、角が落ちた所は「さよが鼻(さいが端)」と呼ばれています。

また、岩船神社には人角の他、謎の島から持ち帰った不思議な貝も社宝として保管されているそうです。


伝承地:京丹後市久美浜町葛野


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