丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2025年04月

朝寝の神様

朝寝の神様 (あさねのかみさま)


佐武ヶ岳の朝禰神社の神は、愛宕山の朝代神社の姉に当たる神と言われている。
ある時、朝禰神社の姉神と朝代神社の妹神は、互いの氏子の領分を歩いて決めることにした。
その当日、妹神は朝早く起きて歩き回ったので、田辺(舞鶴)のほとんどの地を氏子にすることが出来た。
だが姉神は朝寝坊をしてしまい、倉谷一円しか回れなかった。
このことから、朝禰神社を“朝寝の神様”と呼ぶようになった。

元々、朝禰神社は倉谷の北野神社の下田にあったが、遷座を繰り返した末、享保十九年(1734)に佐武ヶ岳の山中に移祀された。
だが平地から山中に移したことで神の怒りを買い、腹痛に罹る村人が続発した。
そこで神の怒りを鎮めるため、村人が毎晩交替で常夜灯を灯すことにした。
この習俗は戦前まで続いていたという。

『舞鶴ふるさとのやしろ』「朝禰神社」より


朝禰神社
朝禰神社は倉谷の佐武ヶ岳に祀られています。
山中の参道をずんずん進むと神社に辿り着きます。

朝禰神社境内
朝禰神社境内。
スリーペアの狛犬がお出迎えしてくれます。
山の中なので人気はなく、境内はとても静かでした。

ちなみに亀岡市には、神社の使いの亀と馬が競争して領地を取り合ったという伝説があります。


伝承地:舞鶴市倉谷


長船の刀

長船の刀 (おさふねのかたな)


大正十四年(1925)頃、川北の稲粒神社の道具箱の中から数本の刀が発見され、その中に長船の刀があった。
人々はこの刀を神社の御神刀にしようと考え、研師に研いでもらった。
刀は二尺二、三寸(約66~70cm)程で、刀身に二箇所程黒ずんだ所があった。
これは人の血を吸った跡で、研師は刀を研いでいる時、二日程うなされたという。

長船の刀が稲粒神社に納められていた理由として、このような言い伝えがある。
戦国時代、猪崎城城主・塩見大膳守は明智光秀に居城を攻められ、川北に落ち延びた。
その時、大膳守は近くにいた農夫に自分の刀を与え、追手が来ても行方を言わないように頼み、印内(川北の北部)へ逃走した。
だが、農夫は追って来た明智方の兵士にすごい剣幕で問い詰められ、恐ろしくなって大膳守の行方を喋ってしまった。
そして大膳守は追手に発見され、遂に大砂利という所で討たれた。
その後、農夫は大膳守の刀を大事にしていたが、家に不幸が続いたので、これは刀の祟りだと考え、稲粒神社に納めたという。
また一説に、志賀の夜嵐という力士が戦勝祈願のため、稲粒神社に大刀を、志賀の神社に小刀を納めて願をかけたとも言われている。

『語りつぐ 福知山老人の知恵』「長船の刀」より


塩見大膳守の刀は御神刀として稲粒神社本殿に納められましたが、すぐに盗まれてしまったそうです。世知辛い。



伝承地:福知山市川北


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