丹波・丹後の妖怪あつめ

京都府北部(丹波・丹後地域)の怪異妖怪伝承を紹介するブログです。

2025年10月

蛇切岩

蛇切岩 (じゃきりいわ)


昔、多門院の黒部におまつとおしもという美しい姉妹がいた。
二人はいつも仲良く与保呂の奥山へ草刈りに行っていたが、ある日、姉のおまつは山の池の畔で美しい青年と出会い恋に落ちた。
それからおまつは妹のおしもを置いて一人で奥山へ行くようになり、青年と逢瀬を重ねた末に契りを結んでしまった。
その頃、おまつに縁談が持ち上がっていたが、彼女は結婚を強いる両親を恨めしく思い返事を濁していた。
ある日、どうしてもおしもと奥山へ行かなければならなくなり、二人で池に向かったところ、青年は妹の姿を見るや驚いて姿を消した。
するとおまつは「私は今日限り家に帰らない」と言い出し、おしもの制止を振り切って池に飛び込んだ。
そしてにわかに雨が降り出したかと思うと、池一杯になった大蛇が忽然と姿を現し、おしもを見守ってから水底へ沈んだ。
姉妹の父親はおしもから一部始終を聞き、急いで池へ駆け付けると、泣きながらおまつの名前を呼んだ。
すると水中から大蛇が現れ、父親を恨めしそうに見ながら再び水底へ姿を消した。

その後、池の主となった大蛇は付近の村を脅かすようになった。
与保呂村の人々は大蛇を退治する他ないと考え、モグサで大きな牛形を作り、中に火を点けて池へ投げ込んだ。
好餌とばかりに牛形を呑み込んだ大蛇は、腹の中で燃え広がる火にもがき苦しみ、のたうち回った末に死亡した。
すると同時に激しい雨が降り出し、やがて池の水が溢れ洪水となった。
この洪水で大蛇の死体は押し流され、下手にあった岩に当たって三つに切断された。
その後、村人たちはおまつの祟りを恐れ、三断された大蛇の頭部を日尾池姫神社に、胴体をどう田の宮に、尾を大森神社に祀った。
以来、与保呂村の神社の境内と日尾池姫神社の宮山の一部だけ、松の木が生えなくなったという。
大蛇を三断した岩は“蛇切岩”と呼ばれており、割れ目には天候によって色を変える白い姫蛇が棲んでいるという。

『舞鶴市史 各説編』「蛇切岩(与保呂)」より


おまつと恋仲になった美しい青年は大蛇の化身だったとも言われています。(『森と神々の民俗』)
おまつが大蛇になった後、この青年大蛇はどこへ行ってしまったんでしょう。

蛇切岩
大蛇を三断した蛇切岩は与保呂地区の東の山中にあります。
岩は広場から一段下がった川の畔に鎮座しており、注連縄が張られていました。かなり大きい。
この岩に棲むという姫蛇は見当たりませんでした。

蛇切神社
蛇切岩の上の広場には小さな社が建てられていました。
近くの案内板によると「蛇切岩神社」という名前の神社だそうです。
由緒書きがなかったので詳細はわかりませんが、名前から考えるに蛇切岩を御神体として祀っているんでしょうか。

蛇頭松姫大神
与保呂の日尾池姫神社の
本殿脇には「蛇頭大松大明神」という、大蛇の頭を祀る小さな祠があります。
おまつの祟りなのか、境内には松が一本も生えないそうです。

どうたの宮
堂田神社(どうたの宮)。
与保呂の西、八反田南町の民家と民家の狭間にある小さな神社で、大蛇の胴体を祀っています。
何故か鳥居も社も道路に背を向けた形で建てられています。

大森神社
彌伽宜神社(大森神社)。
東舞鶴の中心部にある神社で、大蛇の尾を祀っています。
また神社の奥に杜清水という綺麗な水が湧き出す泉があり、国の一大事の際にはこの一隅から白い水が出ると言い伝えられています。

舞鶴の三断された大蛇たち。


伝承地:舞鶴市与保呂


御嶽山の牛鬼

御嶽山の牛鬼 (みたけさんのうしおに)


昔、余田徳尾村に松本弥助という三人張りの弓を引く名人がいた。
ある時、弥助は余田徳尾の深山に現れた牛鬼を弓で射た。
牛鬼は矢傷を負いながら棲み処の御嶽山まで戻り、そこで死んだという。

『丹波志』巻之四「姓氏部」より


『姓氏家系大辞典』にも御嶽山の牛鬼の話が載っていますが(内容は『丹波志』の引用)、こちらでは「此の牛鬼は御嶽山(天田郡)に住む故、矢を負ひながら山に叛り死す」とあり、牛鬼の棲み処は天田郡の御嶽山(福知山市北部の三岳山)だという注釈が入っています。
ちなみに引用元の『丹波志』には御嶽山の正確な場所は書かれていません。
福知山市の三岳山は丹波市の徳尾から15~20kmくらい離れた位置にあり、山を幾つか越えなければ辿り着けません。
つまり牛鬼は致命傷を負いながらもその距離を移動して棲み処に帰ったということになります。手負いでもタフネス。


伝承地:丹波市市島町徳尾


時平屋敷のつむじ風

時平屋敷のつむじ風 (ときひらやしきのつむじかぜ)


丹波国日置庄は藤原時平の領地で、そこに「時平屋敷」と呼ばれる屋敷があった。
そこは時平の居住地跡と言われており、天神(菅原道真)の画像を携えて行くと、つむじ風が起こり、空に吹き上げてどこかへ飛ばしてしまうと伝えられている。

『広益俗説弁 残編』巻四十三「丹波国時平屋敷の説」より


藤原時平は平安時代の公卿で、対立関係にあった菅原道真を九州の太宰府に左遷したとされる人物です。
そして時平は延喜九年(909)に三十九歳で亡くなりますが、これは延喜三年(903)に太宰府で死亡した道真の祟りによるものだと言われています。
時平は自分を祟り殺した憎き道真を所領に入れたくないがために、天神様の絵姿を片っ端から吹き飛ばしているのでしょうか。
ちなみに時平の死因として、「天台宗の僧・浄蔵が時平の病気平癒の祈祷をしている時に道真の怨霊が現れ、病床の時平の両耳から青龍を出して祈祷の中止を告げた。それに従い浄蔵が部屋を退出すると、間もなく時平は死亡した」というエピソードがあります。(『扶桑略記』二十三巻)


伝承地:丹波篠山市黒岡


わらじくれ

わらじくれ


昔、ある博労(牛馬の仲買人)の男が来見谷(弥栄町)へ牛の商談に行き、夜に大金坂を帰っていた。
その途中にある「山の神さん」という椎の木の森まで来た時、ピッチャ、ピッチャと足音が聞こえたが、振り返っても誰もいなかった。
だが歩き出すと「わらじくれ、わらじくれ」という声がしたので、博労は狸の仕業だと思い、「ほら、やろう」と言って片方のわらじを放り投げた。
ところが大栗谷口まで来ると、また「わらじくれ、わらじくれ」という声がしたので、「そんならやろう」と言ってもう片方のわらじを放り投げると、声は聞こえなくなった。
翌朝、再び山の神さんの所まで行ってみたが、投げたわらじはどこにも見当たらなかった。
博労は「狸が足が痛いので「わらじくれ」と言ったのだろう」と思ったという。

『チャンポンと鳴る鼓滝 京都府京丹後市弥栄町船木の民話』「わらじくれ」より


狸は四足歩行だからもう二足必要なのでは。
立って歩いて帰ったのかな。

音を立てながらついてくるもの。


伝承地:京丹後市弥栄町船木


狐の提灯

狐の提灯 (きつねのちょうちん)


昔、弥助という男が長者の家で御馳走になり、土産を手に夜道を帰っていた。
だが途中で提灯の列に出会い、気づくと土産がなくなっていたので、狐に盗られたと思い列の跡をつけた。
土産を盗んだ狐は一張りの提灯を持っており、それを回す毎に提灯が一張りずつ増えていった。
弥助はそれを面白がり、狐が土産を食べている隙に提灯を盗んで逃げ帰った。
そして近所の子供を集めて狐の提灯を披露したところ、たちまち評判になった。
ある雨の日、見かけない顔の子供が来て「提灯を見せてほしい」とせがんだが、弥助は「雨が降っているので提灯が痛む」と言って断った。
子供は落胆して帰って行ったが、それは提灯を取り返そうとした子狐が化けたものだった。
やがて秋祭になり、その日も弥助は狐の提灯を披露していたが、酒やご馳走を振舞われて楽しんでいる間に提灯を狐に盗られてしまった。
それからしばらく経ったある夜、弥助は山に沢山の提灯が灯るのを見かけ、山へ向かった。
川辺に狐の親子がいたので様子を窺っていると、子狐が水を飲もうとした拍子に川に落ちてしまった。
それを見た母狐は慌てて助けに行き、弥助はその隙をついて狐の提灯を盗み返したという。

『丹後町の民話』「きつねのちょうちん 油断大敵」より


伝承地:京丹後市丹後町遠下


大蛇の復讐

大蛇の復讐 (だいじゃのふくしゅう)


昔、ある村の外れに猟師が住んでいた。
猟師は何度結婚しても嫁が早死にし、これまでに六人の嫁に先立たれていた。
ある日、美しい娘が猟師の家を訪れ、一夜の宿を求めた。
娘はそのまま家に住むようになり、猟師は甲斐甲斐しく働く彼女に嫁になってほしいと思っていた。
それからしばらく経ったある夜、猟師は井戸の水を掻き出すような音で目を覚ました。
井戸では娘が水浴びをしており、水をかぶる度、徐々に恐ろしい大蛇へと姿を変えていった。
猟師は何も見なかったことにして眠ったが、次の夜も娘は同じように水を浴びては徐々に大蛇の姿になっていった。
猟師はその姿を最後まで見られずにいたが、三日目の夜、「今夜は最後まで見てやろう」と考え、寝たふりをして娘の様子を窺っていた。
やがて娘は静かに起き上がると、井戸で水浴びを始め、水を五杯かぶったところで遂に恐ろしい大蛇に姿を変えた。
そして娘はグーッと手を伸ばし、家の中へ逃げ戻ろうとする猟師を捕まえると、「かつてお前は私の母を撃ち殺したので、その復讐に嫁を六人共殺してやった。次はお前を殺そうと思っていたが、正体を見破られてしまい残念だ」と言って、その場に倒れて死んだ。
その後、猟師はこの大蛇を神として祀ったという。

『みやづの昔話 -北部編-』「大蛇の復讐」より


大蛇の復讐に巻き込まれて殺された六人の嫁が不憫…。


伝承地:宮津市松尾


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