鞍馬山の魔王 (くらまやまのまおう)*
明治初年の頃、川辺村越方(現・園部町)に、谷口茂右衛門という男がいた。
茂右衛門は銃猟を好み、その日も雉子ヶ谷という山奥で獲物を探していた。
だが、この日に限って獲物を見つけられず途方に暮れていたところに、一羽の大きな雉が飛んで来て木の枝に留まった。
雉は飛ぶことが苦手で、木に留まることはほとんどない。茂右衛門は不思議に思ったが、早速銃を構えて狙いをつけた。
すると、その雉が突然、
「撃つのかっ!?」
と、人の言葉で高らかに叫んだ。
茂右衛門は剛胆な男だったので、人語を喋る雉を恐れることなく「撃つぞ」と答えた。
「撃つ? 撃ってみよ!」
雉は茂右衛門を挑発するように叫んだ。
茂右衛門は雉目がけて銃弾を放った。弾は命中したが、雉は音も声もなくスーッとどこかへ飛び去ってしまった。
茂右衛門は雉の後を追わず、その日は帰路に着いた。
家に戻り、妻に今日出遭った怪鳥のことを話していると、茂右衛門は突然卒倒し、そのまま死んでしまった。
茂右衛門の突然の死から、谷口家に災いが起こり始めた。
家族が次々と病死し、財産も次第に失われていった。
ついに谷口家は没落し、わずかに生き残った者は他の土地へ移り住んだ。
最終的に生き残った者は、茂右衛門の孫の石津定次郎のみとなった。
後に例の怪鳥は、鞍馬山の魔王が化けていたものであったということがわかった。
魔王は雉に変化して茂右衛門の猟による殺生を止めさせるつもりだったが、思わぬ反撃に遭い足を撃たれてしまったので、怒りに任せて谷口家に祟りを起こし滅ぼそうとした。
だが、よく考えてみれば自分にも非があったので、親族全員を根絶やしにすることは止め、石津姓となった定次郎だけを許したのだという。
そして定次郎はこの魔王の守護を受け、霊能力を得たと言われている。
『霊怪眞話』「射のかと叫んだ怪鳥」より
“鞍馬山の魔王”とは、京都市左京区にある鞍馬山に棲む大天狗、鞍馬山僧正坊のことじゃないかと思われます。
しかし、殺生を止めさせるつもりなら、もっと別に良い方法があったのでは。
不猟の人の前に鳥の姿で現れて「撃ってみろ!」なんて煽ったらほぼ確実に撃たれると思います。
しかも撃たれたことにブチ切れて一族全滅させようとするし。魔王様は怖い。