橋立小女郎 (はしだてこじょろ)
天橋立には“橋立小女郎”という雌狐が棲んでいるという。
エピソード①
ある日、江尻村の漁師二人が魚を積んだ舟で宮津の港へ向かっていた。
舟が橋立の千貫松の沖合を通りかかった時、「宮津まで乗せて行って下さい」と、女の可愛らしい声が聞こえてきた。
二人とも無視していたが、橋立の中程を過ぎても女の声はついてくる。
根負けした二人は、女を乗せてやろうと舟を橋立の岸辺に着けた。だが辺りに人の姿は見えない。
橋立小女郎に騙されたのだと気づき、悔しがりながらも再び舟を漕ぎ始めた。もう女の呼び声は聞こえない。
宮津に着き、積んでいた魚籠の中を確認して驚いた。中に入れていた鯛がなくなっていたのだ。
不審に思った二人は船底の板を剥がしてみた。するとそこには、一匹の白狐――橋立小女郎が隠れていた。
漁師たちは怒り、可愛い娘に化けた小女郎を荒縄で縛り上げると、船底に押し込んで次の港へ向かった。
その間、小女郎は船底から「縄を解いて下さい」と悲しげな声で訴え続けていた。
流石に可哀想になってきて、漁師たちは小女郎の縄を解いてやった。代わりに魚籠の中へ押し込んで蓋を閉じ、外から縄で縛っておくことにした。
ところが、それから二人がどれだけ漕いでも舟は目的地に辿り着かない。
そうこうしている内に日が暮れてきたので、橋立の中央辺りに舟を着けて陸へ上がった。
「こうなったのも、橋立小女郎のせいだ」
怒った二人は落ち葉を燃やして火を点け、魚籠から引っ張り出した橋立小女郎をその中へ投げ込んだ。
瞬く間に、真っ白な小女郎の手足は黒焦げになってしまった。漁師たちは黒焦げの小女郎を魚籠に詰め、村へ持って帰った。
「橋立小女郎の丸焼きだ」
そう触れ込んで村人たちを集め、一同の前で魚籠を開けると、中から出て来たのは二本の黒焦げた大根だった。
舟上で縄を解かれた小女郎は、魚籠に押し込められる前に大根とすり替わっていたのだ。漁師たちは橋立小女郎にまんまと騙されたのである。
それからこの漁師たちは「大根の豪傑」と呼ばれるようになったという。
エピソード②
昔、成相寺に文海という小坊主がいて、よく文珠寺までの使い役をしていた。
ある時、文海は「橋立の明神(天橋立神社)には橋立小女郎という狐が棲んでいて、明神から授かった狐の火玉を使って人を騙すのだ」という話を聞いた。
文海は「小女郎と仲良くなれば騙されることもないだろう」と、文珠寺へ行く時は必ず油揚げを明神の祠に供えるようになった。
小女郎の方も、何度も好物の油揚げを貰っている内に、文海に気を許すようになった。
ある日、文海はいつものように油揚げを持って小女郎の元へ来た。そこで文海は、小女郎に「狐の火玉」を貸してくれるよう頼んだ。
他ならぬ文海の頼みに、小女郎は巣穴から卵くらいの大きさの毛が生えた玉を小僧に渡した。
寺に戻った文海は、皆に狐の火玉を見せた後、それを和尚に預けた。
その後、何日経っても文海は玉を返しに来ない。騙されたと気づいた小女郎は、文海の父に化けて成相寺へ向かった。
父親姿の小女郎は文海の不在を知ると、和尚を騙して狐の火玉を持ち出させ、それを奪って逃げ去った。
帰って来た文海に和尚が顛末を話すと、彼は再び玉を取り戻すため、籠神社の神官の衣装を借りて橋立の明神に向かった。
神官姿の文海は布で顔を隠し、「橋立小女郎、出て来い」と厳かな声で呼びかけた。
巣穴から顔を出した小女郎は、目の前に明神(に扮した文海)が立っていることに驚く。
御幣で頭を叩かれ「その方は私が授けた大事な玉を人間に渡したな。今日限り玉を取り上げるので、早く差し出せ」と言われたため、小女郎は恐る恐る玉を差し出した。
文海はそれをひったくると、その場から去って行った。
それ以来、しばらく天橋立で小女郎に騙される者はいなくなったという。
『新版 日本の民話 41 京都の民話』「橋立小女郎の話」
『丹後の民話 第四集 ふるさとのむかしばなし』「小女郎ぎつね」
『天橋立秘帖 史実と伝説集 2』「橋立小女郎」より
他 多数
橋立小女郎は天橋立の南の文殊側、天橋立神社近くの濃松(あつまつ)を棲み家にしていたそうです。
三百歳を超えていて、銀色の毛で覆われた神々しい銀狐だったとも言われています。
可愛い娘に化けることが得意で、娘姿になっては様々な悪さをしますが、どこか憎みきれないところがあるようで、地元民からは愛着を持たれていたんだとか。
上記のエピソードの他にも●対岸にいる恋仲の雄狐に逢うため、娘に化けて船頭を騙し海を渡る。●走る自転車に飛び乗って町まで遊びに行く。●頭上から雪玉を投げつけてくる。●同じ所を何度もぐるぐると歩かせる。●どこかとんでもない所へ連れて行く……など、小女郎にまつわるエピソードは数多く残されています。
