紅白の着物を着た者 (こうはくのきものをきたもの)
 

大正の頃、ある男が牛を連れて草山村本郷(現・丹波篠山市)へ茶の取引に行き、夜遅くに栗柄峠を通って帰っていた。
すると、遙か向こうの山の上から「オーイ」と呼ぶ声がする。
男は村の者が迎えに来てくれたのかと思い、提灯を振って「オーイ」と答えた。
その瞬間、どこから現れたのか、目の前の道を紅白の着物を着た者が横切った。驚くと同時に提灯の火が消え、辺りは暗闇に包まれた。
男は落ち着いて火を灯し周囲を見るが、特に変わった様子はない。
山の方からは相変わらず「オーイ、オーイ」と呼ぶ声がする。彼は声を無視して歩き出した。
すると「一人か大勢か」という声が聞こえた。
山賊の襲撃かもしれないと思った男は「他にも連れがいる」と答えて身構える。だが、何となく寒気がして気持ちが悪くなってきた。
また、紅白の着物を着た者が眼前を通り過ぎた。それに驚いた牛が暴れ回り、提灯も何もかもを蹴散らしてどこかへ逃げてしまった。
男は「やられた」と思い、覚悟を決めて暗闇の道に腰を降ろした。
その時、彼の耳のすぐそばで「オーイ!」と、鼓膜が破れるほどの凄まじい声が響いた。
恐ろしくなった男は慌てて立ち上がり、夜道を走り逃げ出した。
峠を越え村に近づく頃には、「オーイ」と呼ぶ声は聞こえなくなっていたという。

『民俗学』2巻12号「藏人爐辺話」より


狐狸のように荷物を盗むわけでもなく、命を奪うわけでもない……ただ脅かすだけの怪異のようです。