ヒャッカゲ
京丹後市では、節分の夜になると“ヒャッカゲ”が来ると言われています。
ヒャッカゲは「ヒャッカケ」「ヒャッカメ」「百陰」「百かけ」「悪魔」などと呼ばれる妖怪で、京丹後市内、特に網野町、峰山町、弥栄町に多く伝えられています(久美浜町のみ伝承ナシ)。
これらの地域では節分の夜にヒャッカゲが家に入らないよう、一年使い続けて古くなった藁製の鍋輪(鍋敷き)や鍋掴みを、家の外や村の辻などに捨てるという風習があります。
使い古した鍋輪などを外に捨てるのは、付着した煤が魔除けになると考えられていたからです。
以下に伝承を紹介します。
使い古した鍋輪などを外に捨てるのは、付着した煤が魔除けになると考えられていたからです。
以下に伝承を紹介します。
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●網野町
切畑地区では、節分の夜に古くなった鍋輪や鍋掴みを村の辻に捨てておくと、ヒャッカゲがそれらを拾いに来て持って帰るという。
この地区では昔、チョウスという怠け者が節分の夜に鍋輪を捨てずにいると、ヒャッカゲが「チョウス~ナベワ~」と言いながら、一晩中屋敷の周りを歩き回っていたという話が伝えられている。
●丹後町
三山地区(昭和四十九~五十年に離村)では、ヒャッカメと呼ばれ、水中に棲む妖怪と見なされていた。
節分の夕方になると、子供たちが鍋輪と鍋掴みを繋いだものを持って三山川へ行く。
そして橋の上から下に向かって「ヒャッカメにやるで、持っていけ」と叫び、鍋輪と鍋掴みを川に捨てたという。
子供にとって怖い存在であり、悪さをすると「ヒャッカメに咬んでもらうぞ」と脅されたという。
子供にとって怖い存在であり、悪さをすると「ヒャッカメに咬んでもらうぞ」と脅されたという。
●弥栄町
和田野地区では、ヒャッカゲは顔に煤を塗った色白の鬼と言われ、悪さをする存在ではないとされている。
節分の日にやって来て、外に捨てられている鍋輪や鍋掴みについた煤を顔に塗って帰って行くという。
国久地区では、ヒャッカゲ(百陰)は鬼のような存在と考えられていた。
これを追い払うために、鍋輪や鍋掴みを家の外に放り投げたり、ヒャッカゲにぶつけたり、金ダライを叩きながら家の周りを歩く家などがあったという。
また、江戸時代の庄屋であった田宮家は、節分に豆まきをしないという。
これは先祖が大雪に見舞われて立ち往生していたところをヒャッカゲに助けられ、礼を申し出ると「節分に豆まきをしないでくれ」と頼まれたからだという。
→ひゃっかけ
船木地区では、ヒャッカゲは妖怪と考えられ、節分の日に家に入って来ないように柊にイワシの頭をつけ、全ての戸口に刺したという。そして古くなった鍋輪と鍋掴みを一括りにし、裏口から放り投げてヒャッカゲに与えたという。
この地区では鬼とヒャッカゲは別物だとされている。
また、江戸時代の庄屋であった田宮家は、節分に豆まきをしないという。
これは先祖が大雪に見舞われて立ち往生していたところをヒャッカゲに助けられ、礼を申し出ると「節分に豆まきをしないでくれ」と頼まれたからだという。
→ひゃっかけ
船木地区では、ヒャッカゲは妖怪と考えられ、節分の日に家に入って来ないように柊にイワシの頭をつけ、全ての戸口に刺したという。そして古くなった鍋輪と鍋掴みを一括りにし、裏口から放り投げてヒャッカゲに与えたという。
この地区では鬼とヒャッカゲは別物だとされている。
●大宮町
五十河地区では、節分はヒャッカメという怖い妖怪が来る日とされているが、鍋輪などを外に捨てるような風習はないという。
●峰山町
西山地区では、ヒャッカゲはナマハゲのような存在で、子供が悪いことをしていないか諫めに来ると信じられている。
橋木地区では、子供が言うことを聞かない時などは「言うことを聞かないと、ヒャッカゲが鍋輪と一緒にお前を包んで連れて帰るぞ」と言って叱ったという。
『京丹後市の民俗』「京丹後市の民俗文化の考察」「聞き取り調査報告」
『京丹後市の伝承・方言』「京丹後市の方言」
『網野町誌 下』「年中行事」
『弥栄町史』「文化と民俗」より
伝承地:京丹後市全域(久美浜町を除く)
*2023/2/3 加筆修正