龍神井戸 (りゅうじんいど)
ある年、中夜久野村は旱魃に見舞われた。
村の長者は雨を降らすため、自分の屋敷の片隅にある井戸に願いを立てることにした。
この井戸は龍神が棲む井戸で、水底は龍宮まで続いていると伝えられていた。
早速雨乞いをし、代償として一人娘を龍神の嫁に差し出すことを誓うと、長者は気を失った。
すると、それまで雲一つなかった空に黒雲が現れ、大粒の雨が降り出し、長者が目を覚ました。
長者は「龍神に連れられて龍宮へ行き、土産に雨を持ち帰ってきた。雨は明日の昼まで降り続くが、それが止めば娘を嫁に差し出さなければならない」と話した。
翌日の昼、予言通り雨が止んだ後、長者は娘を龍神に嫁がせた。
最後に娘は「もし今後必要なものがあれば夜に井戸の中へ頼んで下さい。翌朝までには願いの品を届けます」と言い残し、井戸へ沈んでいった。
その年の秋は雨のおかげで豊作となり、長者の屋敷で祝いの宴が開かれた。
だが食器が足りず、長者は娘の遺言に従い、夜に井戸へ行き「器を貸して欲しい」と頼んだ。
すると翌朝、井戸のそばに立派な食器が沢山置かれていた。
盛大な宴が開かれた後、使用人たちは片付けをしていたが、ある女中が椀を一つ割ってしまった。
女中は咎められることを恐れ、割れた椀を箱の中にしまい黙っていた。
その夜、長者は食器が入った箱を井戸へ運び、礼を言って立ち去ろうとすると、井戸底から娘のすすり泣く声が聞こえてきた。
井戸の中に呼びかけても返事はなく、ただ泣き声が遠くから近くから聞こえるだけだった。
不思議に思い家人に相談すると、女中が椀を割ったことを白状した。
長者は女中を許し、井戸に謝りに行ったが、それからは頼み事をしても何一つ叶えられることはなくなったという。
『郷土ものがたり』「長者屋敷の井戸」
『上夜久野村史』「竜神の井戸(旧中夜久野村高内)」より
全国的に分布している民話「椀貸伝説」系伝承の福知山バージョンです。
「椀貸伝説」とは、洞穴や淵、塚などから食器を借り(貸してくれる相手は蛇、狐、神と様々)、それらをちゃんと返却すれば良いが、返さなかったり壊したりすると二度と貸してくれなくなる、という話です。(『定本 柳田國男集 第五巻』)
ちなみに本文の龍神井戸は育英小学校(現・夜久野学園)の校庭内にあったそうですが、昭和の中頃に埋め立てられたそうです。
食器を貸してくれる石。
→高坐石(丹波市)
伝承地:福知山市夜久野町高内