姥が火 (うばがび)


昔、保津村に一人の老婆がいた。
老婆は遠くの村から育てられない赤子を貰い受け、養育費として金銭を受け取っていた。
だが老婆は赤子を育てることなく、密かに保津川の急流に投げ込んで殺していた。
やがて老婆の悪事は露見し、彼女は処刑された。
その後、ある男が夜に保津川の淵まで来た時のことである。
鞠のような火の玉が、川の水面より一間(約1.8m)程浮かび飛んできた。
火の玉は翼が生えているかのような速度で川を下り、やがて山の岸壁にぶつかりそうになったが、直前で二つに分かれて谷へ入って行ったという。
これは処刑された老婆の魂が成仏せずに火の玉となって迷い出たものだと言われ、人々は“姥が火”と呼んで恐れたという。

また、大阪府にも姥が火の話が伝えられている。
ある雨の夜、河内国平岡(現・大阪府東大阪市)の村人の前に、一尺(約30cm)程の火の玉が飛んできた。
遠くからだと丸い火の玉に見えたが、近くでつぶさに見れば、その形は鶏に似ており、くちばしを叩くような音がした。やがてどこかへ飛び去っていったという。
これは昔、平岡神社の灯明の油を盗んでいた老婆が、死後火の玉となって飛び回っているのだと言われている。

『新編 桑下漫録』「内膳淵・嫗ヶ淵(保津町)」
『古今百物語評判』「第九 舟幽霊付丹波の姥が火、津の国仁光坊の事」
『口丹波口碑集』「嫗が淵」
『諸国里人談』「巻之三 六 光火部 姥火」より


「姥ヶ火」「姥火」とも表される怪火です。
“算盤坊主”“竹切狸”並んで、全国的にもまずまず名の知れた妖怪ではないでしょうか。
今回は『新編 桑下漫録』を下敷きに紹介しましたが、文献によって内容に微妙な違いがあったりします。
たとえば『口丹波口碑集』では「姥が火は毎夜川の畔を飛び歩いていた」とあり、『古今百物語評判』では「婆の死因は川の洪水に巻き込まれて溺死」「姥が火は川に流された赤子の亡魂、あるいは婆の苦しみから生まれた火の霊」という風に紹介されています。

伝承地:亀岡市保津町・保津川(正確な出現場所は不明)