貧乏石 (びんぼういし)


明治十年(1877)頃の話である。
丹波村(現・峰山町北東部)の村人は“貧乏石”と呼ばれる直径一尺五寸(約45cm)の円形の石を隣村へ運ばなければならなかった。
だが、この石に触れると災いに遭うと言われていて、誰も運びたがらなかった。
そんな折、多久神社の境内で宴会が開かれることになった。
その席で作兵衛という力持ちの男が貧乏石を運ぶことになり、見事一人で山の境まで運び上げた。
村人たちはその勇気と力を褒め称え、彼に酒を振る舞ったが、作兵衛は泥酔したまま死んでいたという。
それ以来、貧乏石の名は広まり、近寄る者はいなくなったという。

『峰山郷土史 下』「Ⅵ 町村のうつりかわり 丹波村」より