草木庵の怪 (くさきあんのかい)*
安永(1772~1779)の頃、草木村に小さな庵があり、二人の老尼が住んでいた。
この庵では、行燈や煙草盆が踊り歩いたり、道具が宙を舞ったり、食料がなくなったりと、様々な怪異が起こっていた。
尼たちはこれらの怪異を隠していたが、次第に噂が広まり、遂に役人の知るところとなった。
役人は吏卒(下級役人)を遣わして確認させたが、その時は何も起こらなかった。だが吏卒が帰ると再び怪異が起こり始めた。
そのため、役人の命により庵は打ち壊されてしまった。それからしばらく、怪異は収まったという。
その後、二人の尼は庄屋の敷地のそばに家を建て、そこに住むようになった。
だが安永八年の春頃から、尼の住む家の前の通りで再び怪異が起こり始めた。
ある時、手跡がつき、文字のようなものが書かれた紙切れが空から降ってきた。
そこである村人が紙と筆を仏壇に供えたところ、翌朝、紙には位牌のような絵、そして戒名と年月日が書かれていた。
文字はほとんど読み取れなかったが、かろうじて「九月十三日」という文字だけ判読出来た。
それを元に寺の過去帳や古い墓などを調べてみると、施主すら知らない戒名が二つ見つかった。
それは七、八十年も昔の年号で「九月十三日」と記されていた。
この二つの戒名を二枚の紙に書いて仏壇に供え置くと、その夜の内に一枚の紙は引き裂かれ、もう一枚には「施餓鬼を頼む」と書かれていた。
早速村人たちは僧侶を呼び、施餓鬼を修して懇ろに弔った。
数日後、空から声が響き「追善供養の功徳によって成仏することが出来る。今後怪異が起こっても、それは私ではなく狐狸の仕業である」と言った。
その後、怪異はぱったりと止んだという。
『丹後郷土史料集 第一輯 丹哥府志』「草木庵(草木村)」より
伝承地:京丹後市網野町木津
*2023/1/19 加筆修正
*2023/1/19 加筆修正