小豆とぎ (あずきとぎ)


明治三十二年(1899)十二月の雨の夜、久美浜町金谷の老人が須田の金剛寺で催される報恩講(浄土真宗の法要)へ出かけた。
その途中にある土橋にさしかかると、橋の下からシャゴ、シャゴと小豆を研ぐような音がする。
「さては小豆とぎか」と気味悪く思いながら橋を渡ったが、不意に転んでしまい、その拍子に持っていた提灯の火が消えてしまった。
蝋燭を無くしたらしく、火を点けることも出来ない。仕方なく、老人は念仏を唱えながら寺へ向かった。
講が終わった後、老人は住職から蝋燭を貰い、他の参加者たちより遅れて帰路に着いた。
先を行く人々は声の届く距離にいたが、例の土橋に近づくと急に前が真っ暗になり、人の話し声も提灯の火も消えてしまった。
すると、老人の手の上をぬるっとしたものが二度三度と横切った。
暗闇の中、念仏を唱えながら何とか橋まで歩いて行くと、また下からシャゴ、シャゴと小豆とぎの音がする。
老人は生きた心地もせず、急いで家へ逃げ帰ったという。

『季刊 民話 1975冬 創刊号』「奥丹後物語 草稿」
『ふるさとのむかしむかし』「小豆磨きに出あった話」より


小豆洗いシリーズ京丹後編その③。