ハヤオ
後堀河天皇による治世の頃(1221~1234年)、桑原(丹波篠山市北部)の奥の谷に“ハヤオ”という体長二丈(約6m)もの大蛇が棲んでいた。
この大蛇は白山権現の使いで、年に一度、多紀連山の主峰・御嶽から福知山の四ヶ村山(鹿倉山)へ尾根伝いに通っていたという。
ある時、ワサビを採りに来た男たちが奥の谷でハヤオに遭遇してしまったが、苦闘の末これを退治した。
それ以来、村人たちはこの谷を「行ってはならない恐ろしい谷」として「イケン谷」または「オトロシガ谷」と呼ぶようになったという。
『親と子のふるさと西紀の民話集』「オトロシガ谷の大蛇」より
この大蛇の名前になっている“ハヤオ”とは何ぞや?と思ったので軽く調べてみたところ、「早緒(ハヤオ)とは、船を漕ぐ時に使う櫓(ろ)にかける綱のこと」(『広辞苑』)、「福島県で牛馬用の太い綱のことをハヤオという」(『総合日本民俗語彙』)とありました。
綱のように太くて大きい蛇だったので“ハヤオ(早緒)”と名付けられたんでしょうか。