阿古女ヶ谷の天狗 (あごじょがたに?のてんぐ)


昔、大内村の庄屋の家に、アコという美しい少女がいた。
アコは十五、六歳の元気の良い乙女で、美しい声の持ち主だった。
ある春の夕方、アコは歌声を周囲に響かせながら炊事場で食事の用意をしていた。
だが、突然彼女の歌声が聞こえなくなったので、不思議に思った家人が炊事場を覗いたが、アコの姿はどこにもなかった。
彼女の失踪に気づいた村人たちは、翌日から近くの山々へ分け入って捜索を始めた。
やがて青谷の奥深くに聳える天狗松まで辿り着き、ふと樹上を見上げると、一番上の枝にアコの着物が引っかかっていた。
天狗松に登って確認すると、そこには息絶えたアコの亡骸があった。
アコの綺麗な歌声に誘われた向かいの山の天狗が、彼女をさらって行ったのだろうと言うことだった。
それ以来、大内では大正末頃まで「夕方に女の子が鼻唄を唄うと天狗にさらわれる」と言われ、アコが死んでいた西山の奥谷を「阿古女ヶ谷」と呼ぶようになったという。
今はその天狗松も伐られてしまい、残っていないという。

『ふるさと美山の生活誌』「阿古女ヶ谷の由来」
『紫摩城』「アコ女のものがたり」より


『ふるさと美山の生活誌』では、●アコが消えた原因→「自分を呼ぶ若い男の声に誘われて姿を消した」●発見された時の様子→「天狗松の上で二つに引き裂かれて死んでいた」と書かれていますが、後年に出版された『紫摩城』では、●アコが消えた原因→「突然アコの歌声が途切れたので家人が見に行くと姿が消えていた」●発見された時の様子→「天狗松の上で息絶えていた(引き裂かれていたなどの描写はなし)」となっていて、微妙な違いが見受けられます。
今回はより詳しく書かれている『紫摩城』の方を下敷きにして紹介しました。