亡者船 (もうじゃぶね)
丹後では海で死んだ者は人魂となって現れたり、海上に火を灯したり、泳いで櫂を求めたり、帆を張った大船で現れたりすると言われている。
ある年の夏、浅茂川村の村人たちは浜辺に集まって酒盛りをしていた。
すると沖から、白帆をかけた大きな船が浜辺に向かって来た。
船が近づくにつれ、二、三十人の人の声も聞こえてくる。
船が近づくにつれ、二、三十人の人の声も聞こえてくる。
やがて船は浜辺に着岸したが、その途端に姿を消してしまった。
普通の船のように見えたが、風の流れに逆らって走っていたという。
上記は『丹哥府志』にある伝承で『網野町誌 下巻』にはこれに加え、
「亡者船は浜辺に近づくとパッと消え、その後亡霊の火の玉だけがゆらゆらと揺れていた」という怪火現象と、海上で亡者船に遭遇した場合の話も記されています。
以下は『網野町誌 下巻』に載せられていた伝承です。
出漁中に亡者船(亡霊船)に出遭うと、水夫の亡霊たちに「杓を貸してくれ」とねだられる。
もし要求どおりに杓を貸すと、それで海水を注がれ船を沈められてしまう。
断り切れなかった場合は底の抜けた杓を貸せば良いという。
断り切れなかった場合は底の抜けた杓を貸せば良いという。
盆の十六日に海へ出ると必ず亡者船に遭遇するので、この日は誰も出漁しないという。
度々亡者船が現れていた頃、毎夜、正徳院の住職の枕元に海で死んだ者の亡霊たちが現れては悲しげに泣きじゃくるので、施餓鬼を修して冥福を祈った。
数日後、供養を喜んだ亡霊たちは奇妙な手振りで踊り出した。
その仕草があまりに面白く、住職はこれを盆踊りに取り入れて無縁仏の供養に用いたという。
これが「浅茂川踊り」の起源だと言われている。
『丹哥府志』「竹野郡 網野の庄 浅茂川村 亡者船」
『網野町誌 下巻』「第2節 伝説と史話」より
伝承地:京丹後市網野町浅茂川
伝承地:京丹後市網野町浅茂川