狐焼け (きつねやけ)
江戸時代、園部藩の武士が住む屋敷町(現・城南町)の裏の森には狐の親子が棲んでいた。
この狐は時々人を騙して食べ物を奪っていたので、ある時、藩の若侍が子狐を弓で射殺した。
するとその夜、若侍の家だけが不思議な怪火によって炎上し、焼け落ちてしまった。
「これは子を殺され怒り狂った親狐の復讐だ」と恐れ、それ以来狐を大切にするようになったという。
『丹波の伝承』「園部藩の狐焼け」より
『丹波の伝承』(1941)には「不思議な怪火によって若侍の家だけが燃えた」とありますが、その後に出版された『ふるさと口丹波風土記』(1968)では「親狐が起こした火事は若侍の家だけでなく、周囲の家々や寺の本堂までをも焼き尽くす大火となった」とあり、火事の被害の規模に違いが見られます。