死人の聲 (しびとのこえ)


明治十年(1877)、天田郡千原村に住む小澤一家は、七十歳の老婆を遺して皆死んでしまった。
その頃、ある浪人が村に移り住み、若者に剣術や読み書きを教えるようになった。
そこで村人たちは、浪人に老婆の養子となって小澤家を継ぐことを提案し、当人たちも快諾した。
ところが間もなく老婆は病に倒れ、帰らぬ人となった。村人たちは葬式の準備をし、通夜を行った。
だが通夜の最中、村人たちが念仏を唱えていると、寝かせてあった老婆の遺体が手を伸ばし、障子の桟を掴んで力任せに揺すり始めた。
そこで浪人が遺体に近づき「あなたは死んでいるのか? それとも生きているのか? 迷わず成仏して下さい」と言うと、老婆はゲラゲラと凄い勢いで笑い出した。
続けて「何か欲しいものはないか」と尋ねると、老婆は「飯をくれ」と答えた。
生死の判断がつかず、医者を呼んで診断してもらったものの、やはり脈はなく確実に死んでいる。
しかし「何かやろうか」と聞くと頷くので、医者も匙を投げて逃げ帰る始末だった。
その後警官が老婆の遺体を検分したが、今度は動くことも喋ることもなかった。
だが老婆を棺桶に入れた途端、また手を伸ばしてきたので、村人たちは遺体を放置して逃げ帰ってしまった。
翌日、老婆が死んでいることを確認し、何とか葬儀を済ませた。

その日の深夜、浪人がふと目を覚ますと、長持の前でドシドシと人が歩く足音がする。だが誰の姿も見えない。
足音は一晩中鳴り続け、浪人はろくに眠ることが出来なかった。
すると、この噂を聞いた春蔵という若者が「化け物なんているわけない。俺が試してやる」と息巻いて小澤家に泊まりに来た。
だが深夜、重たい石が椽(たるき)に落ちる音が響き渡ると、春蔵はすっかり怯えて布団の中で縮こまってしまった。
更に庭から竹馬に乗って歩き回るような音がしたかと思うと、台所からは何かを切るような音が聞こえてきた。
結局、春蔵は堪えきれず逃げ出してしまったという。

しばらくして、老婆の命日から行方不明になっていた黒猫が姿を現し、彼女の仏壇の前で目を剥いていた。
やがて黒猫は姿をくらまし、二度と現れることはなかった。
そのため、小澤家の怪現象はこの猫の仕業だろうと考えられた。
その後、浪人も引っ越してしまい、無住の屋敷だけが残されたという。

『明治期怪異妖怪記事資料集成』神戸新聞 明治三十四年十月一日「怪談百物語 死人の聲(上)(下)」より


伝承地:福知山市夜久野町千原