怨の片袖 (うらみのかたそで)
昔、京の呉服屋の手代が丹波亀山(亀岡)へ商売に行ったが、予定よりも早く戻って来た。
何故か手代の顔は青ざめ、着物の片袖を失っていた。
その後、手代は高熱を発し、うわ言を口走りながらのたうち回るようになった。
深夜になると「許してくれ」と部屋の隅で手を合わせ、数人がかりで押さえなければならない程ひどく暴れた。
その中で手代が「尼寺」という言葉を繰り返すので、呉服屋の主人は何か関係があると考え、亀山の尼寺へ人を遣わせた。
そして亀山へ向かった使いは、道中である噂を聞いた。
「亀山の北の尼寺に障害のある娘がいるが、京の呉服屋の手代がその娘と男女の関係になった。だが、娘に障害があると知った手代は彼女を捨てて逃げ出した。以来、娘は手代を呪い殺すと言って部屋に籠っている」
使いが尼寺を訪ねると、奥の間で若い娘が手代の着物の片袖を油で煮ながら、呪いの言葉を一心に唱えていた。
だが、間もなく娘は前のめりに倒れて死んでしまった。それと時を同じくして、京にいる手代も死んだという。
このことから、娘は手代を呪い殺すと同時に自分も死んだのだろうと言われた。
『大正期怪異妖怪記事資料集成(上)』大阪新報 大正二年八月九日「怨の片袖」より
伝承地:亀岡市北部(正確な場所は不明)