照蓮寺の奇談 (しょうれんじのきだん)
西町の照蓮寺が建部山中に建っていた頃、住職の夢に老人が現れ、
「私は長くこの山に住む者で仏法が大嫌いだ。念仏を止めてくれれば私が覚えていることは皆やってやる」と言って消えた。
翌晩、垂木を叩くものがあるので住職が縁側に出てみると、庭前は美しい小松原に変わっていた。
住職がその景色に見とれている内に、小松原には大名の行列が現れ、次に立派な御殿が現れた。
流石に気味が悪くなり、住職は縁側の板に爪で「南無阿弥陀仏」と書こうとした。
しかし「南無」の二文字まで刻んだところで御殿は消え去った。
この夜に起こった怪異の様子は絵に描かれ、「南無」と彫られた板と共に寺宝として伝わっているという。
それから数年後、「建部山は人の住むべき所ではない」ということで、西町の方へ寺を移したという。
それから数年後、「建部山は人の住むべき所ではない」ということで、西町の方へ寺を移したという。
『明治期怪異妖怪記事資料集成』神戸又新日報 明治四十二年一月六日「照蓮寺の奇談」より
本文では「照蓮寺」とありますが、調べてみても西町に同名の寺はありませんでした。
来歴や位置関係から考えるに、おそらくこの寺は松林寺(当初は笛原(源)寺という名で建部山中にあったが後に西町に移り松林寺に改称)のことではないかと思います。
なので正確には「松林寺の奇談」になります。多分。
伝承地:舞鶴市・建部山