夫婦の鬼 (ふうふのおに)*
嘉暦三年(1328)十二月二日、国分寺に老夫婦が訪れ、住み込みで働くことになった。
二人は出自こそわからないものの、真面目によく働くため評判が良かった。
ある日、住職は夫婦に留守を任せて外出した。
夫婦には「今日は帰って来ない」と伝えたが、予定よりも早く用事が済んだため、夜更けに寺へ戻った。
夫婦には「今日は帰って来ない」と伝えたが、予定よりも早く用事が済んだため、夜更けに寺へ戻った。
ふと就寝中の夫婦を見ると、人間とは思えない顔色をしており、頭には角が一本生えていた。
翌日、姿を見られたことを悟った夫婦は、二人の正体を彫った鬼の面を残して去っていったという。
この面を出せば必ず雨が降ると言われており、干魃の時は鬼面を使って雨乞いをしたという。
また、国分寺の近くには「鬼石」と呼ばれる一部が窪んだ石があるが、これは夫婦が寺から去る時に投げたものだと言われている。
石の表面にある窪みは、投げた時についた鬼の手の跡だと伝えられている。
上記は『丹哥府志』を要約したもの(「鬼石」は『宮津府志』)ですが、後年に出版された『日本の伝説 1 京都の伝説』では少し違った話になっていたので、続けて紹介します。
昔、国分寺に夫婦が住み込みで働いていたが、二人が来てから米や薪の減り方が激しくなった。
怪しんだ住職が隠れて様子を窺うと、夫婦は大量の米を食べ、薪を燃やして暖を取っていた。
米や薪の減少は二人の仕業だった。怒った住職は満腹で眠る夫婦に近づいた。
すると二人の顔はみるみる赤くなり、口は耳元まで裂け、乱れた髪の中から角が飛び出した。
夫婦は正体を見られたことを悟り、薪に爪で自分たちの顔を彫りつけると、風のように出て行ったという。
『丹哥府志』「巻之三 與謝郡 九世戸の庄 護国山国分寺」
『宮津府志』「巻之三 仏閣之部 護国山国分寺」
『日本の伝説 1 京都の伝説』「天の橋立散歩」より
よく見ると口の横に小さな穴が空いていますが、『宮津市史 史料編 第五巻』では「可動式の牙が取り付けられていたのでは?」と考察されています。動く牙のギミック……かっこいい。
ちなみに資料館の説明プレートには「追儺式(大晦日や節分に行われる鬼を払う儀式)で使われていたものと見られる」と書かれていました。
伝承地:宮津市国分・(旧)国分寺


