火事を予報した猫 (かじをよほうしたねこ)


明治四十二年(1909)、宮津口の宿屋で「玉」という猫が飼われていた。
玉は宿屋の老夫婦に懐いており、また子供のない老夫婦も玉を我が子のように可愛がっていた。
だが二月初旬、玉はどこかへ姿を消してしまった。
老夫婦は方々を探したが見つからず、既に死んでしまったものと諦めた。
それから二ヶ月経った四月十五日の夜、不意に玉が老夫婦の元へ帰ってきた。
玉は何度も屋根を上り下りしたり、コタツの上でしきりに悲鳴を上げたりと、不思議な行動を取り続けた。
だが老夫婦は玉の帰りを喜ぶあまり、これらの奇行を気に留めなかった。
その夜、老夫婦が床に就こうとすると、玉は布団の隅を咥えて悲しげな声で鳴いた。
怒った夫は玉を庭へ追い出したが、なおも枕元へ来て激しく悲鳴を上げ、更には神棚の恵比寿像と稲荷像を咥えて竈の上まで運んだ。
それを見た老夫婦は、玉が何かを伝えようとしていることに気づき、布団を畳んで寝ずに用心することにした。
そして翌十六日の午前三時半頃、四軒隣の家から火が出た。
老夫婦はただちに家財を運び出したため、家は全焼したものの、二人の命と家財は無事だった。
これは玉が日頃の恩に報いるため、火事を予報して伝えようとしたのだという。
だがその後、玉は再び姿を隠し、行方知れずになったという。

『明治期怪異妖怪記事資料集成』神戸又新日報 明治四十二年四月十六日「奇しき猫譚 出火を予報す」より


伝承地:舞鶴市宮津口