太郎三郎 (たろうさぶろう)


昔、島崎の北の船小屋に年老いた狐が棲んでいたが、小屋が移転されたことで棲み処を失ってしまった。
ある日、猟師の兄弟が島崎で仮眠を取ったところ、二人共風邪をひいてしまった。
兄は快復したが弟は重体になったので、付き添い人が祈祷を頼んだ。
すると弟は苦しみながら「自分は島崎に棲む太郎三郎という老狐だ。棲み処を失ったので風邪と共にこの男に乗り移った。新田崎に柴の庵を建ててくれればすぐに体から出て行こう」と言った。
その言葉に従って庵を建てると、弟の病気はたちまち快方に向かったという。
その後、寛保三年(1743)に正一位稲荷大明神の神号が贈られ、また公儀から敷地を下されたことで、島崎の稲荷神社として祀られるようになったという。

『舞鶴市史 各説編』「島崎稲荷(竹屋)」より


島崎稲荷
並木稲荷神社(通称・島崎稲荷)
元は高野川河口の西の岬に祀られていたましたが、文化四年(1807)頃に現在地に移祀されたそうです。


伝承地:舞鶴市松陰・並木稲荷神社