安養寺の榊 (あんようじのさかき)


奈良時代、行基菩薩は行脚の途中で富本村を訪れ、村の発展に尽くした。
村人たちは行基の徳を偲び、北廣瀬に安養寺という寺を建立した。
だが寺はやがて廃寺となり、往時に植えた榊と根元に祀られている地蔵だけが残った。
榊は年々成長し、幹に人の顔のようなものが浮き出たことで、神木として敬われるようになった。
そしていつしか、この榊の枝を伐り採った者は必ず腹痛に襲われると言われるようになり、誰も手を入れなかった。
だが明治になり、その噂を信じない若者が榊に鎌を打ち込んだところ、風もないのに枝葉がざわめき出し、伐り口からは血のようなものが流れ、叫び声が聞こえた。
すると若者は急な腹痛に襲われ倒れてしまった。
その後、家人が榊に念仏を唱えて謝ると、若者の腹痛はすぐに治まったという。
以来、この榊に触れる者はいなくなったが、地蔵は子供の病気や老人の腰痛に霊験があるとされ、参拝者が跡を絶たなかったという。

『丹波の伝承』「安養寺の榊」より


伝承地:南丹市八木町北広瀬