磯葛島の大蛇 (いそかずらじまのだいじゃ)*
葛嶋神社は昔、磯葛島(小橋集落の北にある無人島)の宮代谷という所にあり、祭の日は舟に乗って神社へ参詣していた。
祭事は代々小橋村の庄屋が神器の「柳のまな板」と「金のまな箸」を使って執り行っていた。
ある年の祭礼の日、急用で不在の父に代わり、庄屋の息子が祭事を行うことになった。
村人の助けもあり、祭は無事に終わったが、息子は二つの神器を島の神社に置いたまま帰って来てしまった。
磯葛島には「一度島を離れたら同じ日に再び島へ上がってはならない」という掟があった。
だが神器を置いたままでは祭は失敗に終わる。そこで息子は禁を破って再び島へ戻ることにした。
母や村人たちも「神様もわかってくれるに違いない」と息子を励まして送り出した。
息子は再び島に上陸すると、神社から忘れ物の神器を取って舟まで運び出した。
するとその時、急に空が曇り始め、雷鳴が轟き渡った。
そして神社の辺りから、口から火を吹き、大鏡のような眼を光らせた大蛇が現れた。
そして神社の辺りから、口から火を吹き、大鏡のような眼を光らせた大蛇が現れた。
たちまち海は荒れ狂い、息子が乗る舟は大波にさらわれて海中に呑み込まれた。
小橋の浜から様子を見ていた母は、悲しみのあまり海に身を投げたという。
村人たちは「神様ながら、あまりの仕打ち」と嘆き、それ以来磯葛島への参詣を行わなくなった。
参詣者がなくなった葛嶋神社の社殿は年月と共に朽ちて行き、やがて崩落してしまったという。
『わが郷土 丸山小学校創立百周年記念誌』「“庄屋の息子と大蛇”-小橋-」
『舞鶴の民話 第一集』「庄屋の息子と大蛇(三浜)」より
「柳のまな板」と「金のまな箸」を使って行われる神事、どんな内容だったんでしょう。
ちなみに『舞鶴の民話 第一集』によると、葛嶋神社は後に小橋村の氏神(小橋神社?)の隣に再建されたそうです。
伝承地:舞鶴市小橋・磯葛島