屏風岩の大蛇 (びょうぶいわのだいじゃ)*
丹後守護・一色氏が建部山に城を構えていた頃、山の中腹に「屏風岩」という岩があった。
ある時、村の男が建部山の山中で、紅の体に灰色の縞模様のある姫蛇を数匹見かけた。
蛇たちはしばらくじゃれ合っていたが、その内に屏風岩の方へ去っていった。
ふと視線を感じて屏風岩の方を向くと、岩の前に紅の着物を着た美女が立ち、男を見つめていた。
男が近づくと、女はにっこりと微笑んで岩の下にある洞窟へ入っていった。
急いで洞窟を覗いたが中には誰の姿もなく、また人が入った形跡もなかった。
やがて「屏風岩の洞窟には美女が住んでいる」という噂が流れたが、その姿形は見る者によって違っており、「大男」や「老人」だという者もあった。
その後も男は屏風岩で出会った美女のことが忘れられず、遂にある日の夕方、再び建部山へ向かった。
男が屏風岩の前まで来ると、また数匹の姫蛇が戯れており、洞窟の中へと消えていった。
洞内には小さな幾つもの灯がともり、その光の群れは奥の方まで続いていた。
そして男は洞窟の奥へと入っていったが、二度と帰ってくることはなかった。
その後、3mもある二匹の大蛇が、絡み合うようにして屏風岩の洞窟から出て来るところを見た者がいた。
片方は紅い縞模様で、もう片方は黒い縞模様の大蛇だったという。
それ以来、「屏風岩の洞窟に入ると蛇になる」と言われ、近づく者はいなくなったという。
『舞鶴の民話 第一集』「どうくつの蛇(下福井)」より
他にも「屏風岩には20cm程の穴が空いていてそこに大蛇が棲んでいる」「ある老人が建部山で4mもの長さの大蛇と遭遇した」など、建部山には大蛇にまつわる話が多く伝えられています。(『福井百年誌)』
山中には旧陸軍時代に築かれた砲台跡や弾薬庫などの遺構があります。
伝承地:舞鶴市喜多・建部山
