足留稲荷 (あしどめいなり)


昔、成松のお美代という娘が家出して行方不明になった。
捜索するも見つかる気配はなく、この上は伏見稲荷の分霊を祀る玉松稲荷に願うしかないということになった。
そして父の太助は、暮れ六ツ時(午後六時~七時頃)に西念寺境内の玉松稲荷に参って娘の無事を祈願した。
その夜、太助が床に就くと辺りがにわかに明るくなり、銀色の毛の白狐を従えた明神が枕元に現れた。
「お美代は三原村の仁兵衛の家に足留めしておいた。夜が明けたら迎えに行くといい」
明神はそう告げると、煙のように姿をかき消した。
太助は夜明けを待ちきれず、急いで三原の仁兵衛家を訪ねたところ、お告げの通りお美代がいた。
お美代は「本当は遠くへ行くつもりだったが、昨日の暮れ六ツ頃から足が動かなくなってしまった」と、仁兵衛宅に滞在していた理由を語った。
それを聞いた太助は、玉松稲荷の霊験に感謝したという。
以来、玉松稲荷は「足留稲荷」と呼ばれ、多くの人に信仰されるようになった。

『由緒を尋ねて』「成松の玉松稲荷」より


伝承地:丹波市氷上町成松・西念寺